カラスフグ、日本の需要に追いつけず絶滅寸前
今や絶滅危惧種に指定されている「カラスフグ」という種類のふぐを、皆さんはご存知でしょうか。
その名が示す通り背面が黒く、鳥類のカラスを連想させるこのふぐですが、なんと以前は高級魚トラフグと同種として扱われていたほど味の保証のあるふぐなのです。
「元トラフグ」と言われるカラスフグはトラフグ属の仲間で、トラフグとの違いは臀ビレの色が白ではなく黒のため、昭和24年に「トラフグ」と「カラスフグ」に分類された歴史を持ちます。
トラフグと言えば、ふぐの中でも旨味や甘味が濃く、美食家たちが愛してやまない魚として確固たる地位を築いてきたふぐの王様です。
この2種類を分類したことは、皮肉にも種の存続に関して光と闇へと、明暗を分けてしまいます。
需要の伸びたトラフグは乱獲により数が減ってしまいましたが、生産量の減少をカバーすべく養殖が始まり、なんとか資源の保存へと命を繋ぐことができました。
方やカラスフグはトラフグに次ぐ種類としての乱獲に注意が向かず、気づいた時には種の存続が危ぶまれるほど減少していました。
カラスフグの危機も養殖で救えればよかったのですが、日本は最も味がよいトラフグの養殖一本に絞ったため、残念ながら養殖の対象には至っていません。
トラフグの兄弟、カラスフグとはどのような特徴をもつ魚なのか、そして絶滅危惧種に指定された今、どのような状況にあるのか、歴史を紐解いてみましょう。
「クロ」と呼ばれるカラスフグ
今ではトラフグとカラスフグは、別の種類として認識されていますが、以前は同じ「トラフグ」として扱われていました。
ふぐの調理に免許制度を取り入れようとする時代の流れの中、保有するふぐ毒の把握のために種の細かな分類もなされました。
昭和24年に日本魚類学者の阿部宗明博士によって、背面が真っ黒でヒレも黒いその見た目のふぐは「カラスフグ」と名付けられ、トラフグとは別の種類として分類されたのです。
トラフグと同種とは言え、実際は水揚げされた際「シロか!?」「クロか!?」と声が上がるこの2種には、はっきりとした優劣がありました。
姿形が似ているものの体表の色合いに違いがあり、濃い旨味をもつ白っぽいトラフグの方が評価は高く、市場では「シロ」「クロ」と区別されていたようです。
では、クロのカラスフグについて、どのような魚か詳しく見ていきましょう。
カラスフグの特徴
カラスフグはフグ科トラフグ属の仲間で、学名をTakifugu chinensis(Abe)、英名をEyespot pufferといいます。
体長50cm前後の大きさになる中型種のふぐです。
水深5~140mの浅瀬の大陸棚上に生息している沿岸性の魚で、産卵期は4月~5月に訪れます。
トラフグと同じ強毒種のふぐですが、身、皮、精巣(白子)は無毒で食用できます。
姿形はトラフグによく似ており、背面と体上部は黒色で腹部は白色です。
頭部から背ビレまでの背面と腹部に小さな棘が密生していますが、体側面は滑らかで棘はありません。
一般的に黒斑や模様のない個体が多いのですが、まれに不鮮明で不規則な黒斑をもつ個体もいます。
トラフグと同様に、胸ビレ後方に白輪に囲まれた大黒紋があります。
カラスフグの背ビレ、臀ビレは、共に黒色をしています。トラフグは臀ビレが白いので、この違いが両種を見分ける大きなポイントとなっています。
しかしまぎらわしいことに、極まれに臀ビレが白いカラスフグも存在するそうで、見極めの目が必要です。
カラスフグは主に日本海南西部、黄海、東シナ海に生息しており、韓国、中国、台湾で漁獲されています。
8月中旬頃になると韓国の青島から格列飛群島沖に多く集まり、9月~10月にかけて黄海中央域や江蘇省北部の海州湾の沖合へ、12月~2月には済州島西海域へ移動します。
日本近海では1月~3月に対馬の東西両方の海域に集まりますが、量的には少なく近年ではほとんど水揚げされなくなっています。
カラスフグの地方別呼称
ふぐは地域ごとに根付いてきた呼び名があり、それが今も受け継がれて残っています。
カラスフグの地方別の呼称は、ガートラ(北海道)、ガトラ(東京都)、クロ(京都府、大阪府、山口県)、ヒゲグロ(広島県)、ダイマル(福岡県)、クロモンフグ(長崎県)などがあります。
シロか!?クロか!?
トラフグと同種として扱われていた頃、ふぐ漁師たちの間では釣り上げた時に、「シロ(トラフグ)か!?」「クロ(カラスフグ)か!?」と叫ぶほどに、両者の値打ちには差があったそうです。
カラスフグはトラフグと比べてやや身付きが少なく、トラフグの方が濃い旨味をもっていたため、どうしても価格差が生まれていました。
それでもカラスフグはトラフグに次ぐ美味しさをもつふぐとして需要は高く、中国や韓国から輸入されるようになります。
そうして皮肉にもカラスフグは、日本で需要のある魚種として外国漁船のターゲットとなり、日本への輸出用に乱獲されてしまったのです。
現在日本近海では、ほとんど見かけることがないほど減少してしまったカラスフグは、今や幻のふぐと言っても過言ではない希少な魚となっています。
ふぐの王様と称されるトラフグの魅力
乱獲されたカラスフグ、絶滅の危機
2014年に国際自然保護連合(IUCN)によって、カラスフグは絶滅危惧1A類と位置づけられました。
絶滅危惧1A類とは、「近い将来絶滅する可能性が非常に高い種」のランクの事で、カラスフグの未来はかなり厳しい状況と判断されています。
カラスフグは、1969年に3,600tもの水揚量を誇っていましたが、2008年にはわずか約1tの水揚量となりその減少速度は深刻です。
このデータにより、カラスフグは40年間で99.99%の減少をしたと報告されました。
しかし絶滅危惧種へのランクインによる、漁獲に関して法的な縛りはありません。
このままでは近い将来カラスフグは、この世から永久に姿を消してしまうだろうとの警笛でしかないです。
IUCNによると、漁獲量の制限だけでは種の存続を未来に繋げる力にはならないため、日本の海洋保護区制度を強化するよう促しています。
海洋保護区とは、海洋生態系の保全に際して法やその他の効果的な手法によって管理される保護区のことを指します。
法的に縛りのない絶滅危惧種の指定ですが、この警笛を真摯に受け止め、国が海洋保護区を設けるなどカラスフグの保護に向けて早急に手を打って欲しいと願うばかりです。
中国のフグにまつわる小話
中国では長くふぐの食用が禁じられていましたが、輸出用にトラフグやカラスフグを養殖してきました。
中国の輸出先は、生産量の約7割が日本で残りは韓国が中心となっています。
中国から輸入したふぐはリーズナブルなため、低コストで仕入れ安く客に提供する飲食店にはありがたい存在と言えます。
中国からのふぐ輸入量は年々緩やかに減少しているものの、年間6,000t前後の量が日本国内に入ってきています。
日本が輸入するふぐの最も大きな取引国である中国ですが、中国で養殖されるふぐに関していくつか小話をしましょう。
中国で養殖されるカラスフグ
平成28年、中国で26年ぶりにふぐ食が解禁されたことがニュースになりました。
しかし、ふぐ食が合法化されたとは言え、条件付きの一部のふぐに限られるそうで、まだポピュラーとは言えません。
中国ふぐは依然として中国国内の需要より日本へ輸出する率が高く、主にふぐの養殖は日本向けに行われています。
日本で養殖されるふぐはトラフグのみですが、中国では5種以上のふぐが養殖されています。
今回注目するカラスフグは「中国カラス」と呼ばれており、トラフグとカラスフグの中間種と言われています。
不思議なことに見た目はカラスフグに近いのですが、カラスフグの大きな特徴である臀ビレの色が黒ではなく白に育つ場合があるそうです。
臀ビレが白いものがトラフグ、黒いものがカラスフグと、見分けるポイントである箇所が、このように例外的な種が生まれており、はっきりとした原因は分かっていません。
あいまいな呼称
中国からふぐの輸入をしている日本ですが、ふぐの学名に日中の違いがあり注意が必要です。
例えば中国ではカラスフグの学名を、Takifugu pseudommusまたはFugu pseudommusと呼んでいます。
しかし上記の学名は、日本において別種ふぐのナメラダマシの学名です。
注意すべき点は、ナメラダマシは日本では食用ふぐとして許可されていない種であるというところです。
厚生労働省は輸入ふぐ検査指針の中で、認可外のふぐが食用として流通しないよう警告を出しています。
カラスフグが幻とならないために
トラフグやカラスフグは多種多様な魚が存在する中、高値で取引できる魚として漁業関係者から見てとても魅力的な魚です。
トラフグとカラスフグは可食部位や調理法などが同じで、いわゆる兄弟のような2種と言われています。
カラスフグは、トラフグの味にもっとも近いふぐとして需要が伸び、その需要の高まりはトラフグとカラスフグの継続的な乱獲へと導いてしまいました。
トラフグの代用種として乱獲され続け、自身が絶滅危機を迎えてしまうという悲しい運命に見舞われたカラスフグ。
トラフグのようにカラスフグの養殖にも着手しておけば、絶滅危惧1A種という厳しい存在にさせることはなかったのかもしれませんが、日本でのふぐの養殖はコスト面からトラフグ一種のみに絞られています。
今後の海外での養殖に注目したいところですが、カラスフグを食べる日本人は知っておかなければいけない事があります。
それはまず、カラスフグを幻のふぐにしないためにも、下記3点の対策が急務と言えるでしょう。
- (1) 天然カラスフグの乱獲を防ぐ
- 天然カラスフグの資源確保のため、乱獲は絶対に防がなければなりません。
また養殖カラスフグ用に、天然カラスフグを親魚として乱獲しては本末転倒です。
- (2) 稚魚の放流
- 日本ではトラフグ保護の一環に、育てた稚魚を放流する試みがあります。
カラスフグの稚魚も自然への放流が行えたら資源増加の助けになるのではないでしょうか。
海の生態系を狂わせることにならないよう、慎重に検討を進めていく必要があると考えます。
- (3) 生息海洋の保護
- 日本で出来ることとして、深刻な状況を把握し、海洋保護区など対策を講じて資源の確保に努める必要があります。
種を分類することは、生態系を把握するためにも必要なことですが、「白」のトラフグと「黒」のカラスフグは、あまりにも明暗が分かれてしまいました。
それでもカラスフグ人気は衰えず、日本国内でカラスフグ漁は行われています。
このままでは幻となってしまいかねないカラスフグをなんとか存続させるために、世界が意識し動くことを祈ってやみません。
[2018-10-1作成/2024-10-11更新]
(c)ふるさと産直村