ふぐ一夜干しに閉じ込めるふぐの旨味とメカニズム
島国に住む日本人にとって、豊富な海の幸は大切な食料として、身近な自然の恵みとして、生活に取り入られてきました。
今のように冷蔵・冷凍技術が発達していない原始の時代、その日獲れた貴重な食糧をいかに日持ちさせるかは、生きる上で大切な問題だったのではないでしょうか。
何かの偶然か、神のお告げか、縄文人の知恵は、太陽の力を利用した「干物」という保存食品を誕生させました。
干物は素材の水分を減らし旨味を凝縮させる、素晴らしい加工食品です。
戦後に入り、家庭での魚食離れが進む日本ですが、旅先での美味しい料理やお土産品に干物の存在は欠かせません。
現在、ひとくちに干物といってもその加工方法は様々です。
最近はしっかり乾かされた「全乾品」の干物より、生に近い状態の「半乾品」の干物に人気があるようです。
半乾品の中でも、人気が高い白身魚の王様「ふぐの一夜干し」に注目してみましょう。
ふぐを一夜干すことで、どれほどの旨味が引き出されるのでしょうか。
美味しさのひみつを知ると、あなたのもつ干物のイメージが変わるかもしれません。
干物の歴史を追うと共に、一夜干しの美味しさのひみつに迫ります。
干物の歴史を追う
国土を海に囲まれた日本において、重要なタンパク源である魚介類は貴重な食品として地位を高めていきます。
弥生時代(紀元前300年頃~紀元後300年頃)に稲作が始まる前は、人々は狩りや漁で日々の食料を調達していました。
しかし当然のことながら、毎日安定して食料が獲れるわけではありません。
嵐や時化などで漁ができない日もあれば、食べきれないくらい沢山獲れる日もあったことでしょう。
そこで考案されたのは、魚介類を天日で干して余分な水分を飛ばし日持ちさせる干物作りでした。
この干物という保存食品の誕生が、古代の人々の暮らしに大きな影響を与え、人々の食生活を支えてきました。
その長い歴史を追ってみましょう。
歴史の中の「干物」
魚介類を干した形跡は、縄文時代(約14000年前~紀元前6世紀)から発見されており、保存食の知恵が古くからあったことに驚かされます。
奈良時代(710年~794年)に入ると、各地方で獲れた魚は加工され、干物として宮廷への献上品や租税として扱われるようになります。
しかし冷蔵技術や物流技術が発達していない時代のため、干物は日持ちがするように塩辛く、そして水分をしっかりと飛ばして硬いものに仕上げていたと思われます。
平安時代(794年~1185年)、生鮮魚介類が少なかった平安京で干物は大変珍重され、「干物(からもの)」と呼ばれていました。
庶民は満足する量の食事をとれず、質素な生活をしていた時代です。
しかしかの有名な「源氏物語」では、華やかな貴族たちの宴の酒肴として干物が登場しており、優雅さが感じられます。
さらに江戸時代(1603年~1868年)になると、食料が豊かになり庶民の食卓にも干物が登場するようになります。
海岸部の各藩では、稲作以外の経済活動の中心として干物の生産が奨励されました。
あわび、なまこなどの干物は明(中国)へ輸出され、貴重な貿易品として江戸幕府の統制下で管理されていました。
明治になると干物専門店が開業し、傷みにくく調理の下ごしらえのいらない干物は、大正、昭和と忙しい朝食の定番のおかずとして広がっていきました。
地方色溢れる干物の数々
古代より保存食品として発展してきた干物ですが、江戸時代には隆盛を極めます。
江戸を中心に、東海道や中山道などの街道が整備され、商業も盛んになっていきました。
また徳川治世下では戦乱が絶え、平和な時代が訪れたために旅行を楽しむ人も多く、土産物として日持ちのする干物は人気がありました。
江戸時代は、各藩の大名たちが幕府への献上品として目を止めてもらうために、地元の食材で美味しく他より珍しいものを作ろうと努力した時代でもありました。
この大名たちの努力が、現在につながる地域の特産物として数々の干物を作り上げたのです。
今日でも、名産品の干物はお土産として根強い人気があります。
地方色溢れる干物
各地域で豊富に獲れる魚介類を中心に作られてきた干物は、地方色溢れる様々な種類が存在します。
現在でも地域の魅力を生かした特産品として、日々魅力的な干物が考案されています。
- 北海道の「鮭」「ししゃも」「棒だら」
- 小田原(神奈川県)の「あじ」「かます」
- 若狭(福井県)「カレイ」
- 明石(兵庫県)の「たこ」
- 下関(山口県)の「ふぐ」
- 長崎県の「からすみ」
干物の旨さ、そのひみつ
新鮮な海産物を水揚げしてすぐ刺身で食べる、これが一番美味しい食べ方だという方も多いのではないでしょうか。
たしかに鮮度のよい魚をそのまま食べるのは美味しいですし、環境に恵まれていなければ得られない最高の贅沢です。
現在では冷蔵・冷凍技術が発達し、輸送方法も進歩したため、鮮度が落ちないまま活きのよい魚が手に入るようになりました。
そのため、保存を目的とした干物の役割は減ってきているかもしれません。
しかし、一夜干しに代表される「美味しくするため」の加工である干物は、絶対的な魅力を持ち続けています。
まだお話していない、干すことによって得られる隠された目的とは何なのか、干物の美味しさのひみつをお教えします。
干物のメカニズムとは
干物の製造方法は塩をふって干すだけと、いたってシンプルな人類史上最古の加工食品のひとつです。
干物の美味しさのひみつは、実はこの塩にあります。
塩を振ることにより余分な水分が抜け、魚肉の筋繊維が締まって旨味が閉じ込められます。
さらに魚肉の細胞内にある塩溶性たんぱく質が溶け出し、再度結合しようとするため、鮮魚よりも身に弾力が生まれます。
このようにじっくりと熟成された干物は、もっちりとした口当たりと魚の旨味が凝縮した美味しさとなるのです。
また昔は保存性を重視した干物作りだったため、しっかりと干して水分を飛ばしていました。
しかし時代と共に、干物は保存目的から美味しさを追求する加工食品としてニーズも変化してきました。
水分をしっかりと抜いた硬い干物よりも、適度な塩加減で身もふっくらとした「一夜干し」が現在の主流となりつつあります。
干物の製造方法
塩を振って干すだけ、簡単ですがシンプルゆえに味の決め手を左右する難しさがあります。
干物だからといって、魚選びに手は抜いていません。
最高の素材を競り落とすため、高くても身のよい魚を選び抜いています。
特に味の決め手となる塩は、各社オリジナルのこだわりを示しており、魚の大きさ、水分量、脂肪分などの状態に合わせて塩分を調節し、干す時間も調節しています。
伝統ある製造方法の基本は天日干しですが、実際には数時間だけにとどめ日陰で干すことが多いようです。
とくに夏場は気温の上昇が激しく、強い日差しの下で干すと食材が傷んでしまうこともあるため、直射日光は避けるようにしています。
太陽によって干された干物は食感がよく、しっかりとした味にしあがっており、根強い人気を保っています。
最近では、天候による影響を避けるため、多くの干物メーカーでは自社工場をもち、室内で干物を生産しているところが大半です。
工場内で冷風乾燥機を用いるなど機械化することにより、温度、風量、塩加減など干物にとって重要な要素が簡単にコントロールできるからです。
昔は、魚に直接手で塩を振る「振り塩」を主流としていましたが、作業に時間がかかることや、振りむらをなくすには熟練の職人技を必要とするため、簡単ではありませんでした。
今は、塩分濃度を均一に仕上げられるように、魚を塩水に漬け込むスタイルの「立て塩」の製法が多くなっています。
こちらも、魚にあわせて漬ける時間を変え、手間を惜しまず最高の干物になるよう、人の手と目が欠かせない製造方法です。
様々な干物の種類
干物とひとくちに言っても、様々な種類があります。
どの様な製造方法と呼び方があるのか見てみましょう。
干物の分類
干物は下処理の仕方で、大きく三つに分類されます。
- 丸干し
- 内臓を取らずにそのまま生干ししたものです。
いわしなど小型の魚などを干物にする際用いられる方法です。
代表的なものに、めざしがあります。
- 開き干し
- 内臓を取り切り開いて干したものです。
魚の種類や地域によって、背開きと腹開きに分かれます。
代表的なものに、ほっけ、さんま、あじ、さば、かますがあります。
- 切り干し
- 内臓を取り切り身にした状態で干したものです。
干物の種類
干物は製造方法により呼び方が変わります。
- 素干し
- 生の魚介類をそのまま干したものを指します。
代表的なものに、するめ、身欠きにしんがあります。
- 塩干し
- 生の魚介類を振り塩もしくは塩水に漬けて、塩漬けしてから干したものを指します。
代表的なものにめざし、からすみがあります。
- 煮干し
- 魚介類を煮てから干したものを指します。
代表的なものにしらす、ちりめんじゃこ、いりこがあります。
- 調味干し
- 魚介類を調味液に漬けてから干したものを指します。
代表的なものに、みりん干しがあります。
- 燻製品
- 魚介類を塩漬けもしくは調味液に漬けてから燻して干したものを指します。
代表的なものに鮭とばがあります。
- 節類
- 魚介類を硬くなるまで繰り返し乾燥させたものを指します。
代表的なものに鰹節があります。
全乾品と半乾品
上記のように、干物といっても種類がたくさんあります。
その中でも完全に水分を抜いた全乾品と、水分をあまり抜かない半乾品とに大別されます。
現在では保存目的の全乾品はあまり作られなくなり、ほとんどが半乾品にシフトしています。
昔ながらのカチカチに干しあげた全乾品の干物は、調理する際に手間と時間がかかるため需要が減ってきています。
一夜干しは焼くだけでなく、唐揚げにしたり、ソテーにしたりとアレンジがきくので利用しやすい干物です。
グルメ干物の需要が増え、手軽に調理できて美味しい半乾品に人気が集まってきているようです。
抜群の旨さ!ふぐの一夜干し
一夜干しは魚の旨味を引き出すために軽く塩をして一晩干し、適度に水分を抜いた加工食品です。
ふっくらとした食感と生魚にはない凝縮された旨味に加え、下処理の手間がいらず調理できる手軽さが人気を得ています。
さらに余分な水分と共に、魚の生臭さが抜けるところも干物のよさと言えます。
様々な魚種の中で、ふぐの一夜干しは高級な逸品として人気を博しています。
ふぐは白身魚の中でも脂肪分が少なく低カロリーでありながら、非常に繊細な旨味をもつ魚です。
その旨味を損なわないようシンプルに塩だけで味付けをし、素材がもつ旨味を凝縮させて閉じ込めた一夜干しは、白身魚の王様と呼ばれるふぐにぴったりの製法と言えます。
ふぐの一夜干しについて、掘り下げてみましょう。
ふぐの一夜干しの製法
ふぐの一夜干しは、干すことにより素材のもつ繊細な旨味を引き出した逸品です。
鮮度のよいふぐを丁寧にさばき、魚の大きさや肉質(水分や脂の乗り具合)に合わせて塩加減を調整します。
一夜干しは製造の大部分が機械化されていますが、最終的には長年の経験による熟練した見極めが必要で、製品の味が大きく左右されます。
ふぐの繊細な旨味を損なわず、生に近い風味を残すことが重要なため、乾燥時間や塩加減が難しいのです。
立て塩と振り塩
一般的にふぐの一夜干しは、立て塩と言われる製法で作られています。
立て塩とは、魚の大きさや肉質(水分や脂の乗り具合)に合わせて塩水の濃度を決め、魚を塩水に一定時間漬けてから干す方法です。
均一に大量の魚を干すことができるので大量生産に向いています。
もちろん、塩分濃度や漬け込み時間など長年の経験による見極めが必要になり、単純な工程ではありません。
また別の製法として、魚に合わせて手で塩を振りかける、振り塩という製法があります。
こだわりの干物を作るところで使用されている方法ですが、魚に均一に塩を振ることが難しく、熟練の技術が必要になります。
さらに一匹ずつ手作業で塩を振るため、一度に多くの干物を作ることができないデメリットもあります。
時間を費やす製造方法ですが一匹毎に塩加減を調整できる細やかさがあり、熟練の職人による干物は最高の品質を誇り、振り塩にこだわって製造しているところもあります。
干し方
かつては天日で干されていましたが、現在はほとんど天日で干されることはありません。
太陽の直射日光により、ふぐの身の温度が高温になりすぎて、品質を安定させることが難しいからです。
それでも天日干しにこだわって作っているところでは、商品の管理に十分配慮しており、手間や時間をかけて作っています。
現在多くの加工場では、冷風による低温乾燥が主流です。
乾燥室で、10℃~30℃の湿度のない風によって乾燥させる方法です。
温度による劣化を防ぎながら乾燥させることができ、安定した品質のふぐの一夜干しができます。
ここでの温度や湿度、乾燥させる時間が美味しい一夜干しを作る上で重要なポイントになります。
都度、ふぐの肉質の状態などで加減をする熟練した見極めが必要になるからです。
ふぐの一夜干し、美味しさのひみつ
なぜふぐの一夜干しは絶品なのでしょうか。
ふぐという魚は淡白な白身魚ですが、グルタミン酸やイノシン酸などの旨味成分が多い魚でもあります。
身質は高たんぱく質、低脂肪なため、非常に弾力があり、刺身の場合厚く切ってしまうと噛み切れない程筋肉質な身をもっています。
ふぐは脂肪分が少ないため、酸化による味の劣化の心配が少ないのもよい点です。
ふぐを塩水に漬けて一夜干しにすると余分な水分が抜け、干すことによりたんぱく質の分解酵素が働き、旨味成分が増加します。
ふぐはたんぱく質が多い魚なので、干すことにより旨味がとても増すのです。
熱を加えたときにふっくらとした食感になるのは、塩によりふぐの身が締まり、身の中の水分が失われていないからです。
ふぐの一夜干しは生に近い身質で、より美味しくなるように干されています。
旨さ際立つふぐの一夜干し
日本は美味しい魚介類に恵まれた国です。
魚の加工技術が進化していく中で、より美味しい保存食を作る工夫がされてきたことがわかりました。
そして、今の私たちの食生活にあった干物は半乾品で、いろんなアレンジができ美味しく魚を食べられる加工品が求められています。
その中でふぐが白身魚の王様として人気を誇っているのは、ふぐがもつ繊細で上品な旨味に多くの方が魅了されているからなのでしょう。
一夜干しは、適度に身を熟成させ、濃厚な旨味と生に近いしっとりとした身質となるため、まさにふぐの魅力を最大限に引き出す加工技術なのです。
そのため、炙り焼きやフライ、炊き込みご飯、味噌汁の具など様々な用途にも使用できます。
熱を加えて調理をする場合は、生身よりも一夜干しを使用するほうが美味しく仕上げられると好まれています。
ふぐの一夜干しという加工方法は、ふぐに含まれる旨味成分を最大限に引き出し、干物というよりも料理の下ごしらえとしての一工程と捉えてもよさそうです。
本来ふぐは高級魚ですが、干物に使用されるふぐは手頃な価格で販売されているので、職人技によって仕上げられた良質なふぐを楽しめる最高の食材と言えるでしょう。
ふぐの一夜干しは加熱によりふっくらとした食感が楽しめるので、料理のアレンジ次第で美味しさが無限大に広がる魅了的な食材なのです。
[2017-9-18作成/2024-10-11更新]
(c)ふるさと産直村