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テトロドトキシン

ご存知の方も多いと思いますが、ふぐにはテトロドトキシンという毒があります。しかし、ふぐの種類によって毒の保有部位が異なることは、あまり知られておりません。
ふぐは大変美味な魚ですが、その一方で、強力な毒は人命を危険にさらし続けてきました。それは、毒に関する知識が乏しいまま、安易な調理がされてきたからと推測されます。
そこで、ふぐの消費量日本一の大阪府は、ふぐ中毒による死亡者の数が減らないことを危惧し、日本で初めてとなる「ふぐ販売営業取締条例」を制定します。
これによって営利目的のふぐ調理は免許制となり、ふぐに関する専門知識を得た料理人のみが有毒部位の処理を許されるようになりました。
こうした背景のもと、人々の食の安全志向が徐々に高まり、全国的にふぐ調理に携わる条例や免許制が広まっていきます。
日本で唯一、取り扱いに免許が必要な特別な魚、ふぐがもつ毒とはどのようなものなのでしょうか。
また、毒がふぐ自身に与える影響やその猛毒性など、知られざる不思議な生態と毒に関する基礎知識を追ってみました。

ふぐ毒の正体とは

なぜ毒をもつのか

ふぐは種類ごとに有毒部位が異なり、個体差、季節や海域によっても毒性の強弱が異なる謎の深い魚です。

ふぐの体内には、微量の「サキシトキシン」や、ハコフグには「パフトキシン」という別の毒も存在していますが、一般的にふぐ毒と言えば「テトロドトキシン」のことを指します。ほとんどのふぐ毒被害は、このテトロドトキシンによる神経麻痺でしょう。
ほんの2mgで人の命を奪ってしまう猛毒「テトロドトキシン」の正体を紐解いていきます。

ふぐ毒の成分

世界で初めてふぐ毒の成分分析を成功させたのは、日本人です。
ふぐ毒はその強力さと難解さ故に、未熟な知識が多くの人命を失わせてきました。

ふぐ毒「テトロドトキシン」の研究はいつから始まったのでしょうか。
ふぐ毒研究の歴史と毒の成分についてご説明します。

ふぐの毒性についての研究

ふぐ毒研究の歴史は、中毒死が一気に増加した江戸時代(1603年~1868年)から始まりました。
熊沢猪太郎著「武将感状記」(1716年)や香川修徳著「本堂薬選」(1729年)に、ふぐの毒性を調べる人体実験の研究結果が載っています。

しかし、本格的な研究が始まったのは、明治10年(1877年)頃と言われています。
それでもまだ当時の研究対象は、卵巣など一部の有毒臓器にほぼ限定されていました。
ふぐ全体に関する詳細な研究が進められるのは、さらに後のことです。

明治42年(1909年)に、薬学者である田原良純博士は世界で初めてふぐ毒の抽出に成功します。
ふぐの卵巣より抽出されたこの毒は「テトロドトキシン(tetrodotoxin)」と命名されました。

その後昭和10年代に入ると、ふぐ毒の研究者である谷巌博士と福田得志博士の両名によって「日本産フグの中毒学的研究」が行われ、ふぐの毒性について次のような驚くべき新しい発表が出ました。

  • ふぐの種類によって毒性は異なり、部位ごとに毒の有無が分かれること。
  • 臓器では卵巣と肝臓の毒性がとくに強く、皮と腸がこれに次ぐこと。
  • 古来より猛毒として扱われていた血液が、実際には無毒であること。

またふぐ毒の強弱について、ふぐの種類、臓器別の毒性、産卵による季節、個体の特性、生息地域等による差がみられることも明らかにされました。

この研究により、今までのふぐに関する誤った知識が訂正されることになります。
ふぐの種類と臓器ごとに毒性の強弱が一覧化され、今日のふぐ料理の発展と中毒防止に大きな役割を果たしています。

「テトロドトキシン」とは

田原博士によって命名されたふぐ毒テトロドトキシンは、ふぐの学名(Tetraodontidae) と毒(toxin)の合成語です。

テトロドトキシンは神経毒の一種で、海洋細菌ビブリオなどによって産生されます。
その細菌は食物連鎖により濃縮され、ヒトデや貝類、藻などを介してふぐの体内へ入り蓄積し、増殖しながらテトロドトキシンを産生するのです。

テトロドトキシンは、6時間以上煮沸してようやく破壊され始めるほど耐熱性(熱に対する抵抗性)に優れています。さらに酵素や各種塩類による分解もほぼなく、日光の影響も受けません。

現時点では、テトロドトキシンに対する特効薬も解毒剤もないため、摂取すれば必ず中毒になります。
無味無臭、無色のテトロドトキシンは、人体に入ると神経伝達を阻害、遮断するため、身体のあらゆる部分に麻痺を引き起こします。
最終的には脳から発信される呼吸の指示が阻害され、呼吸困難を引きおこし死亡事故につながるのです。

ふぐの毒に関する不思議な性質のひとつとして、テトロドトキシンを取り込むふぐ自身がなぜその毒に耐えうるのかという点です。
ふぐの種類によって差はありますが、テトロドトキシンに対する抵抗性が他の魚より強いと言えます。
例えば、仲間同士の噛み合いにより、多少の毒を摂取しても死には至らないそうです。
理由のひとつとして、神経伝達の経路で、ふぐの細胞とテトロドトキシンは結合しにくいためと考えられています。

毒力と毒量

猛毒の代表格である青酸カリの500~1,000倍もの毒性があるといわれるテトロドトキシン。ほんの1~2mgで人の命は失われると言います。

厚生労働省は、毒の測定基準「マウスユニット(MU)」という単位を用いて、食品の安全性基準値を定め、規制をしています。
ふぐ毒の定義では、1MUとは体重20gのハツカネズミを30分で死亡させる毒量を指します。

例えば、10MUは、10匹のハツカネズミを死亡させる毒量を意味していますが、人体には影響のない毒量とみなされます。
毒量10MU以下のふぐの身は無毒とされ、人が1kg摂取しても致死量には至りません。

毒力とは、その部位が持つ毒の強弱を言い、1g当たりのMUに比例します。
100MU以上のふぐの身は強毒と分類され、人が10g摂取すると強い中毒症状が現れる部位です。

人体へ影響を与える毒力は下記のように分類されています。

  • 無毒…毒量10MU以下(1kg以下の摂取では致死量にならない)
  • 弱毒…毒量10MU以上~100MU以下(100g~1kgの摂取で致死量となる)
  • 強毒…毒量100MU以上~1,000MU以下(10g~100gの摂取で致死量となる)
  • 猛毒…毒量1,000MU以上(10gの摂取で致死量となる)

しかし食中毒として実際に問題としなければならない点は、毒の強さだけでなく、むしろ摂取した毒の量だと言われています。

誤解があるといけないので付け加えておきますが、上記の無毒というのは決して「毒がゼロであることではない」という点です。
毒力の弱い部位であってもその部分を多量に食べれば、中毒にかかる率も高くなります。

ふぐ毒の大人一人に対する致死量は、10,000MUと推定されています。
肝臓や卵巣など毒量が5,000MUに達する猛毒部位であれば、ほんの2gの摂取で死に至る可能性があるということになります。
ふぐの肝臓や卵巣など毒力の強い臓器だけでなく、身(筋肉)に毒を持つふぐも存在します。
非常に危険なので、専門知識のない素人は、決してふぐを調理してはならないのです。

なぜ毒をもつのか

なぜ毒をもつのか

驚くべき事実ですが、孵化したての赤ちゃんふぐは、体内に毒をもちません。
ふぐの毒は生まれつきではなく、餌から摂取し体内に蓄積される後天的なものだと考えられています。
また、夢のふぐ無毒化への研究段階で、ふぐに毒は必要なものだった、という摩訶不思議な結果が発表されました。

なぜふぐは毒をもつのか、ふぐと毒の切っても切れない関係をお話します。

ふぐの毒は後天的なものだった

養殖のふぐの中には、毒のないふぐがいます。
あまり知られていませんが、ふぐは生まれたときには毒をもっていないのです。
海洋細菌が食物連鎖の中で濃縮され、ふぐの餌である海老や貝などを介して毒性物質を体内に取り込み、生物濃縮によりふぐ本体へ蓄積されていくことがわかっています。

そのため、理論上養殖のふぐに海洋細菌が含まれていない餌だけを与え続けると、毒をもたないふぐが育つのです。

しかし、簡単に無毒のふぐを養殖できる訳ではありません。
完全に外海と切り離された養殖場で育てなければ、無毒のふぐにならないからです。
一般的な外海に接した養殖場では、毒性を含む藻などから毒性を摂取する可能性があります。

またこの養殖方法は、完全に無毒化できると確立されたものではないので、残念ながら実用に至っていません。
万が一ということがあっては、取り返しがつかないからです。

知っておくと面白い「ふぐ」という魚の生態や特徴

ふぐにとってなくてはならない「毒」

ふぐに毒がなかったら、もっと手軽に安心して美味しいふぐ料理が食べられるでしょう。
無毒のふぐを養殖できればと、長崎の大学で研究が繰り返されてきました。
理論通り、餌に気をつければ無毒なふぐは養殖できるようです。
しかしおもしろい実験結果として、無毒なふぐはストレスを受けやすく病気になりやすいことが分かりました。

無毒なふぐと有毒なふぐを一緒に飼育すると、無毒なふぐが有毒のふぐに噛み付きます。
それはストレスもありますが、無毒のふぐが有毒のふぐに噛み付くことで、積極的に毒性を体内に取り込もうとしているという見解もあります。
またふぐの毒はフェロモンの代替になっているため、無毒のふぐは有毒のふぐに引き寄せられるそうです。

体内に毒のないふぐは異常行動を起こすこともあり、不思議な行動は飼育の手間を増やしコストがかかることが難点です。
その上、絶対安全な無毒のふぐとして流通できる保証がないので、養殖する側としてもあえて無毒化したふぐを育てようとしていないのが現状のようです。

一部なんとか無毒化のふぐを安定供給し、肝を特例で食べられる許可を得られるか働いている自治体もありますが、許可には至っていません。
ふぐの健康管理の面からみても、無毒であることのメリットは少ないのです。

参考文献:フグ類が保有する毒の分布,蓄積機構,および生理機能(荒川修)

ふぐ中毒の症状と処置

ふぐ中毒の症状と処置

当たると命の危険があるふぐ中毒の症状とは、どのようなものなのでしょうか。

免許をもつふぐ調理師のいるお店でふぐを食せば、このような中毒にかかることはありませんが、ふぐを知る上で中毒の症状と対処方法を知っておいて損はありません。
ふぐ毒の怖さは、その強さと特効薬と解毒剤がない点です。

なぜふぐ毒は怖いのか、その強さを説明します。

ふぐ毒の症状

テトロドトキシンは末梢神経に作用する神経毒の一種で、人間の大切な機能である神経伝達を阻害してしまいます。
神経伝達が阻害されると、脳から身体へ大切な指令が届かないので、麻痺や呼吸困難を引き起こします。

中毒症状は、早い時は食後30分程で発症することもありますが、通常は1時間から6時間前後で発症すると言われています。

初期症状では、吐き気、嘔吐をもよおし指先や口の痺れを感じます。
軽症の場合はこれらの症状でおさまりますが、ふぐ中毒の場合、中毒量と致死量が極めて近似しているため一気に症状が進行することも多いようです。
ふぐ中毒は経過が早く、ろれつが回らなくなってきたら注意が必要です。
よく酔っている状態と間違われることがありますが、早期に中毒症状を見極め対処しなければ死亡率が高くなります。

ふぐ中毒が中等度になると、身体全体が痺れてきて、身体を動すことや、歩行が困難になります。
その後顔面の麻痺も進行し、舌神経の麻痺で言語障害や嚥下困難もあらわれます。

さらに重症になってくると、全身の運動麻痺が起り、呼吸筋の麻痺によって呼吸障害と意識混濁を引き起こします。
そして終には、意識がなくなり呼吸が停止して死に至ります。
摂取した臓器の毒力や量にもよりますが、食後8時間以内にこのような経過を辿って症状が進行します。

ふぐ中毒の処置

ふぐ毒の成分であるテトロドトキシンは、耐熱性に優れているため加熱してもなかなか分解されません。
また解毒剤もありません。
ですから毒を含有する部位を食べた場合は、必ずといっていいほど中毒になります。

そのため、万が一中毒になってしまったらあとは対処療法しかありません。
摂取量にもよりますがふぐ毒は症状の進行が早いため、食後できるだけ迅速な応急処置が鍵となってきます。
中毒に気がついたら、一刻も早く摂取したものを吐き出させ、医療機関へ連絡することです。

また死亡の原因は呼吸困難にあるので、人工呼吸などの人為的な方法で呼吸を確保することが最も効果のある延命処置になります。
食後7時間以内に上記のような対処療法を行うと、その時間が後の経過に大きく影響するという報告もあります。
おかしいなと思ったら、酔っ払っているのかと放っておくのではなく中毒の可能性を疑い、早めの対応を心がけるようにしましょう。

このような猛毒のあるふぐを調理するには、専門の資格が必要です。
またふぐは、種類によって有毒部位が異なる複雑な魚です。
ふぐが釣れたとしても、素人が手を出して自力でさばくことは絶対にやめましょう。

板前も困惑する一貫性のないふぐ免許制度

ふぐ中毒の発生状況

ふぐ中毒の発生状況

日本で食中毒に関する公式統計が記録されるようになったのは、明治19年(1886年)以降になります。
その統計を見てみると、ふぐ中毒は、家庭内での発生が圧倒的に多く起こっています。
釣り人などが釣ったふぐを独断でさばいて料理し、誤って有毒部位を食べてしまいふぐ中毒にかかっているのです。

平成14年~18年の食中毒発生件数から見ると、ふぐは専門の調理資格が定められたため、全体合計8,137件中ふぐ中毒は185件で構成比2、3%と僅少です。
しかし死者数を見ると、全食中毒死者数42人中ふぐ中毒死は14人で、33,3%という高い比率を占めていて、ふぐ中毒の恐ろしさがうかがえます。

古くからその類まれなる美味しさゆえに、多くの人を魅了してきたふぐは、その一方で実に多くのふぐ毒による中毒者を出してきました。
現在は有毒部位がきちんと把握され、ふぐ専門の資格をもった料理人がふぐをさばくため、ふぐ中毒者の数は少なくなっています。

過去、世間を騒がせたふぐ中毒に関するニュースを紹介します。

有名人が関わったふぐ中毒ニュース

ふぐ中毒のニュースは沢山ありますが、今回は記憶に残る有名人の訃報ニュースを取り上げました。

福柳伊三郎(1893年~1926年)大相撲力士 享年33歳

福岡県出身、大正時代に活躍した大相撲力士です。
巡業先で、後援会の方が差し入れしてくれたふぐを数名で食した所、帰りの道中で容体が悪化し、不運にも命を落としました。

沖ツ海福雄(1910年~1933年)大相撲力士 享年23歳

福岡県出身、闘志あふれる取口で人気を集めた大相撲力士です。
大関を目前にしたある日、巡業先の山口県で自らがさばいたふぐを食し、即死しました。
婚約と部屋継承という2つの幸福を祝った晴れの席での、悲しい出来事となりました。

坂東三津五郎(1906年~1975年)歌舞伎役者 享年68歳

人間国宝で美食家としても有名であった人物です。
この事件は、ふぐ料理人が有罪判決を受けた珍しい事案です。

坂東三津五郎はある料亭で、毒性の高いふぐの肝を4人前食べ中毒死しました。
料理をせがむ三津五郎と、料理をしぶしぶ出した板前が争点になりましたが、渋々出したとはいえ、料理に落ち度があったということには変わりがないということで、業務上過失致死罪と京都府条例違反で執行猶予付きの禁固刑が言い渡されました。
1975年当時、ふぐ中毒事故で調理師に有罪判決が下される刑事裁判は希だったため、世間を驚かせました。

ふぐがもつ光と闇、ふぐ毒

ふぐがもつ光と闇、ふぐ毒

強力な毒をもつ魚ですが、古来より私たちの先祖はふぐを食べることを止めませんでした。
それほどまでにふぐの美味しさは魅力的で、日本人の心を揺さぶり命がけでも食べ続けてきたのでしょう。
しかし受け継がれるふぐ食とその毒の謎に向き合い、ふぐ毒の研究がなされなければ、いまのふぐ食文化はなかったでしょう。

日本が世界に誇る安心安全なふぐ食は、日本人の研究により守られてきたのです。
ふぐの毒は、種類ごとに有毒部位が異なり、さらに同じ種類のふぐであっても、獲れる海域や季節によって毒量毒性の強弱が異なるという、摩訶不思議な存在です。
なにより、強力なふぐ毒テトロドトキシンについての研究は長年進められていますが、いまだに特効薬も解毒薬もないというからその謎は深まるばかりです。

ふぐの極上の味を光とするならば、ふぐがもつ毒は闇でしょう。人は光を欲しがり、ふぐは闇を必要としています。
その光と闇の背中合わせが、多くの研究者や料理人の魂を震わせたのでしょうか。

外国の方から見ると、毒をもつふぐを食べる日本人はクレイジーだと感じるそうです。
しかしふぐは、噛むほどに甘味を感じる美味しさをもち、透き通るほど薄く切られ美しく盛り付けられた刺身からは、日本人の「粋」そのものを感じます。
ふぐの魅力に代わるほどの品はなく、いかにふぐを食するか、その強い思いが毒と向き合い、安心して食べられるふぐ食文化を確立させたのです。

誰でも、ふぐ毒に当たるのは避けたいです。
日本各地で定められたふぐ調理の資格をもつ料理人は、事故が起こらないよう日々細心の注意を払って調理しています。
細かな研究が進められた今日の日本のふぐ料理は、世界一安全に食せるふぐ料理と言っても過言ではありません。

信頼できるお店や料理店で、ふぐの美味しさに舌鼓を打って、伝統あるのふぐの魅力を堪能してみてください。

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