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郷土料理

日本は小さな島国ですが、北から南まで四季折々の風景を楽しめる名所があり、その土地で育まれてきた郷土料理を味わうことが出来ます。
旅行の醍醐味と言えば、観光地を巡りながらその土地ならではの郷土料理に舌鼓を打つことだと答える人は思いのほか多いはずです。
郷土料理とは、地域ならではの産物を用いて、気候風土に合った食べ物として作られ、後世に受け継がれてきたものです。
「その土地で獲れたものをその土地で食べていく」ことを「地産地消」と呼び、日本人の身体に合った食べ方として行政も取り上げており、食育の面や地域の活性化などで注目を浴びています。

郷土料理では他の地域の人から見ると驚くような食材を使うことがありますが、今回紹介するあんこうは、内臓まで全ていただける魚ですから、大きなインパクトをもたらすでしょう。
「あんこう鍋」は東北と関東の境目である北関東の茨城県で誕生し、昔から食べ継がれてきました。
ぺたんと潰れた体と大きく裂けた口に鋭い歯、ヌメヌメとした皮など、一見恐ろしいあんこうですが、見た目とは裏腹に「捨てるところがほとんどない」と言われるほど、美味しくヘルシーな魚です。
あんこうは低脂肪高タンパクのコラーゲンがたっぷりと含まれたみずみずしい身や、濃厚な味わいで海のフォアグラと呼ばれるあん肝を堪能できる、栄養豊富な食材です。
あんこうは北関東の茨城沖が有名ですが、実は茨城県以外に日本海側や山口県下関市でも水揚げされている魚です。
日本のどの土地で愛され食べられてきたのか、あんこうの好漁場と郷土料理についてのぞいてみましょう。地元を盛り上げるあんこうの活躍に注目します。

「常磐もの」と名高い東のあんこう名産地

「常磐もの」と名高い東のあんこう名産地

寒い冬の日に身体を温める鍋料理は、シンプルゆえに郷土の味が出やすいものです。
鍋料理といえば、「西のふぐ、東のあんこう」と言われるほどに日本を代表する食材が有名です。
ふぐとあんこうは、どちらも弾力のある上品な身質で、白身魚でありながら味わい深く、コラーゲンが豊富な点でも人気があります。

「西のふぐ」と言えば、有名な漁港は山口県下関市ですが、「東のあんこう」と称されるあんこうの有名な漁場は、北関東の茨城沖にあります。
親潮と黒潮が交わる茨城沖は魚の餌となるプランクトンが豊富な海域で、魚が沢山集まる好漁場として、あんこうの漁獲量日本一を誇っていました。

茨城沖で水揚げされたあんこうは、「常磐もの」として名高く、中でも2㎏以上の重さを有するあんこうは「茨城あんこう」と命名されブランド化されています。
茨城あんこうの「あんこう鍋」は地元民のみならず、観光客にも大人気の名物料理として知られています。
旨味溢れるあんこう鍋を堪能できると評判の3地域を紹介しながら、茨城あんこうの玄関口である4つの港を見ていきましょう。

茨城県大洗町、水戸市、北茨城市のあんこう鍋

茨城県のあんこう鍋は、農林水産省選定「農山漁村の郷土料理百選」で選ばれた国も認める名物料理です。
あんこうは、江戸時代(1603年~1868年)に水戸藩が将軍家へ献上品として扱っていたという歴史をもつ魚です。
江戸時代、あんこうは「三鳥(ツル、ヒバリ、バン)二魚(タイ、アンコウ)」と呼ばれる五大珍味の一つとして珍重されていました。
茨城県では、あんこうを「冬のさかな」と選定し、ご当地グルメとしてPRしながら観光客を喜ばせています。

あんこうの旬は12月~2月の寒い時期で、春に訪れる産卵期を控えたころになります。
産卵前に栄養を蓄え、肝も肥大し、さらに低くなる海水温が身を適度に引き締めてくれるのです。

あんこう鍋は、「七つ道具」と称されるぬの(卵巣)、えら、とも(ひれ)、胃(水袋)、肝、だい身(柳肉)、皮を野菜やだし汁と一緒に煮込んだ鍋料理です。
味付けは、店や地方によって個性が出ており、茨城県では味噌ベースの味付けが主に楽しめます。
水分とコラーゲンを豊富に含んだあんこうの身は柔らかく、もっちりとした粘りがあり、口に含んだ時の食感がよいので鍋の具材として抜群です。
皮やアラの部位からはゼラチン質が溶け出し、鍋スープの旨味をさらにアップさせる魅力があります。

シンプルなあんこう鍋の他にも、あん肝と味噌でコクを最大限に引き出し、あんこうと野菜の水分だけで作った「どぶ汁」と呼ばれる通好みのあんこう鍋もあります。
冬になると、一番美味しい時期にあんこうを食べたいと、茨城県の各地へあんこう目当てで観光客が訪れています。

大洗町

1998年より、町おこしの一環で「大洗あんこう祭」が企画されており、11月になると多くの観光客で賑わいます。
お祭りのメインは、身も心も温まる「大洗あんこう鍋」を楽しめることです。
特設ステージでは、熟練の料理人によるあんこうの吊るし切りが実演され、注目を浴びています。
大洗あんこう鍋の特徴は、炒ったあん肝を鍋でかえして味噌を入れることです。
肝の旨味を活かしながら、なめらかで後口がよく、何度でも食べたくなる飽きのこない味わいが人気です。

水戸市

水戸市にはあんこう鍋が楽しめるお店が複数あります。
主役のあんこうを引き立てるよう使用する野菜を厳選している老舗、最上級品のあんこう鍋を提供する宿など様々です。
産地ならではの特大あんこうを使用し、あんこう鍋だけでなく、いろんな料理で旬の美味しいあんこうを楽しめます。
ある老舗で提供されるあんこう鍋は、あん肝をすりこんだ地味噌を木の鍋蓋に塗り、それを炭火で炙った香ばしい焼き味噌を加える調理方が人気で、あんこう鍋の普及に一役買っています。
あん肝のコクと炙った味噌の香ばしさが溶け合い、伝統の味を守り続けてきた深みのある濃厚なスープを味わえます。

北茨城市

あんこう「どぶ汁」発祥の地として有名なのが北茨城市です。
漁師のまかない料理だったどぶ汁が表舞台に立ったのは、昭和30年代とまだ最近のことです。
その昔、水っぽいあんこうの身は売り物としての価値は低くかったのですが、船上でのまかない料理に貴重な真水を使わずに調理できるあんこうは、最高の食材でした。
漁師は水分の多い身質のあんこうを使い、炒ったあん肝と味噌を合わせたものに、あんこうと野菜の水分だけで煮た鍋物を作って食べていたと言います。
漁で冷えた身体に染みる最高のまかない料理は、いつしか観光客へ振る舞われるようになり、北茨城市の郷土料理として「どぶ汁」は根付いていったのです。

4つの漁港で水揚げされる「茨城あんこう」

平成17年、茨木県は茨城で漁獲されたあんこうの安定供給と信頼向上のため、ブランド化への取り組みを始めました。
県内の5t以上の底曳き網漁船を対象に水揚げされ、キズの有無や保存状態など一定の基準をクリアした2㎏以上のあんこうを「茨城あんこう」と命名し差別化を図っています。
(※取り組み内容の見直しを行うため、2022年8月現在「茨城あんこう」の活動は休止中です)

茨城沖で漁獲されたあんこうは、平潟漁港、大津漁港、久慈漁港、那珂湊漁港の主に4つの漁港に水揚げされ、流通しています。
上記の漁港に加え、川尻港と波崎漁港の6漁協に所属している沖合底曳き網漁業と小型機船底曳き網漁業が、漁獲対象の船となっています。
あんこうは、海水温の低い海域で獲れたものの方が、身が引き締まり美味とされているため、茨城沖で漁獲されたあんこうは高値で取引されているそうです。

茨城県のあんこう漁獲量は、波がありつつピークの頃に比べるとやや減少気味です。
近年のピークは、平成4年と平成9年で160t前後もの漁獲量がありました。昨今は、40t~60tを前後している状況です。
資源減少の原因は様々ですが、乱獲の影響と海水温の上昇や海流の変化、そして東日本大震災の影響も考えられています。

茨城県だけじゃない、あんこうの漁場

茨城県だけじゃない、あんこうの漁場

暖流と寒流が交わる恵まれた漁場で育った茨城のあんこうは、高い評価を得ています。
上質で知名度の高い茨城県産のあんこうですが、実は近年水揚げ量が低迷しています。
それに代わり、現在あんこうの水揚げ量トップとなっているのは山口県です。

山口県は「西のふぐ、東のあんこう」とうたわれる鍋の二大横綱の魚が、最も水揚げされる水産資源に富んだ場所と言えるでしょう。
山口県と言えば認知度の高いふぐが全面に出ており、漁獲量が多い割にあんこうの存在は隠れていました。
そこで平成15年に「下関漁港沖合底曳き網漁業ブランド化協議会」を設立し、地元小中学生から募集したあんこうのデザインコンテストからPRキャラクターを制作したり、あんこう料理の情報発信をするなどの広報活動をしています。
また、平成19年には「下関あんこう」としてブランド化のプロジェクトが始動し、マスコミ関係へ積極的に下関あんこうの美味しさを打ち出しています。

全国には茨城、山口以外にもあんこうの美味しさに定評があり、伝統ある鮟鱇漁をPRした祭りを開催するほどの、あんこう好漁場があります。
環境の異なる地で獲れる美味しいあんこうの名産地と漁法を見比べていきましょう。

実はあんこう水揚げ量トップの「山口県」

日本で食用として漁獲されるあんこうは、アンコウ(別名クツアンコウ)とキアンコウ(別名ホンアンコウ)の2種類です。
山口県では、大振りで味がよいと言われているキアンコウが主に水揚げされています。

漁場は、萩市見島沖から対馬海峡にかけての日本海で、沖合底曳き網漁業と呼ばれる2隻の船で網を曳く漁法を用いています。
萩市見島沖から対馬海峡は、対馬海流とリマン海流が交差する海域で、プランクトンが豊富な上に餌となる魚が沢山集まる絶好の漁場と言えます。
年間漁獲量は500t~700t前後を行き来しており、あんこうの主要な漁港での年間漁獲量のおよそ45~60%を占める全国一の漁獲量を誇ります。

下関のあんこう鍋は、醤油味や味噌仕立てなど店によって味つけに個性があり、魚介の旨味が溶け込んだ滋味溢れる味わいです。
鍋料理の他にも、鮮度のよいあん肝を地元の味噌に漬け込んだ珍味「あん肝の味噌漬け」を開発し、あん肝のコクと味噌の深みある味わいが相まって最高のおつまみになる逸品が人気を呼んでいます。

荒波にもまれて育つあんこうの好漁場

茨城県と山口県以外にも、美味しいあんこうが獲れている地域あります。
地方よって漁法が異なり、品質や鮮度にこだわったその土地ならではの美味しさの秘密を持っています。
好漁場で開催されるお祭りでは、魅力あふれるあんこうが、産地ならではの絶品料理として登場します。

青森県風間浦村

本州最北端の青森県では、津軽海峡の荒波でもまれた鮮度のよいあんこうが水揚げされています。
北半島北西部にある風間浦村のあんこう漁は100年以上の歴史があり、「北のあんこう」として南のあんこうよりも高値で取引されています。
毎年あんこうの旬を迎える12月~3月の間、「風間浦鮟鱇まつり」を開催し、期間中は鮮度がよいものでないと出せない「あんこうのお刺身」や、郷土料理の共和え(あんこうの身をあん肝で作った和え衣でまぶした料理)などあんこう料理を楽しむことが出来ます。
あんこうは、水揚げされてから時間が経つと身にくさみが出やすく、一般的にあんこうのお刺身は販売されていません。
風間浦では、生きたままのあんこうを水揚げできる伝統の延縄漁法を用い、活きのよいあんこうを水揚げしています。
また雪国ならではの独特な捌き方があり、一般的にあんこうは吊るし切りで捌かれますが、風間浦村では雪の上でヌメリを取りながら捌く「雪中切り」をメインとしているのが特徴的です。

新潟県糸魚川市

冬の寒さが厳しい日本海側の、あんこう好漁場です。
新潟県糸魚川市周辺は、2000mの北アルプスの山々が連なっており、その山々が造り上げる急落な斜面がそのまま海へとなだれ込み、あんこうの棲み家となる海溝が多くなっています。
糸魚川市では、「糸魚川荒波あんこう祭り」が開催されるなど、美味しいあんこうが水揚げされることで一目置かれています。
日本海の高波にもまれたあんこうは、でっぷりと太りつつも身が引き締まり弾力のある身質は珍重されています。
中でも10㎏以上の大物は「荒波あんこう」と呼ばれ、その大きさに観光客は驚きを隠せないそうです。
糸魚川では昔から大衆的な冬の魚として、あんこう料理が食卓に上っていました。
ネギと豆腐と一緒にあんこうを煮て、味噌で味付けしたあんこう鍋は今も昔も地元の人々に愛されています。

郷土の主役となる魚「あんこう」

郷土の主役となる魚「あんこう」

あんこうはグロテスクな見た目や、水っぽい身質、傷みやすいという特徴から商品価値が低く、昔は漁師飯として食べられていました。
今では高タンパク低脂肪の白身の美味しさは全国に広まり、冬の味覚として定着するほど愛されています。
人気の高いあんこうは、地域の活性化に主役としてひと役買う大きな存在となっています。
あんこうは地域ごとに少し異なる漁法で水揚げされ、地産ならではの味を発揮する名物料理となります。寒い冬に身体を温めてくれるあんこう鍋は、店舗ごとに工夫を凝らされ、あんこうの新たな魅力を発見させてくれるのです。

近年の水揚量に問わず、茨城県があんこうの本場である理由は、大きく三つありました。
一つ目は、時の権力者である徳川将軍家へ献上していたという歴史的背景です。
二つ目は、常磐沖の冷たく豊かな海があんこうをより美味しく育てるという環境です。
三つ目は、国も認める郷土料理あんこう鍋とどぶ汁の発祥地という点です。

あんこうの魅力である栄養の溜まったあん肝は「海のフォアグラ」と呼ばれ、脂肪を蓄えた濃厚な珍味は天下一品です。
漁師のまかない料理から知名度も全国区となったどぶ汁ですが、それも茨城県の地道なPR活動のおかげと言っても過言ではありません。
あんこうメインの祭りを開けば、数千人を集客するほど圧倒的な存在感をもつ主役級の魚となったのです。
そして現在、茨城県以外のあんこうの好漁場でもあんこうのブランド化が始まり、地域の繁栄を願ったさまざまな行事が開催されています。

あんこうの好漁場は、有名な茨城県以外にも日本全国に点在していました。
あんこうの好漁場として共通する海域の特徴は、あんこうのエサとなる小魚が豊富な海であるということでした。
どの地域も、あんこうのPR活動に力を注ぎ、地域の活性化の起爆剤としてあんこうの美味しさを全国に広めています。

日本一の水揚げ量を誇る山口県下関市では、あんこうの歴史は浅いですが広報活動に力を入れ、あんこうの魅力の発信をするなど地域とあんこうが結びつくようになってきています。
また、色々なあんこう料理に取り組み、「あん肝の味噌漬け」という新しい商品を開発して人気を集めています。
青森県風間浦村では延縄漁で生きたままのあんこうを水揚げし、上質な鮮度ならではの珍しい「あんこうの刺身」を食べられることで有名になっています。
新潟県糸魚川市では10kgを越える巨大な「荒波あんこう」を目の当たりにした観光客が度肝を抜き、新たな食文化との触れ合いが人々を喜ばせています。

あんこうの魅力は地域を超えて手を取り合っている所にもあります。
おもしろいことに全国のあんこうの産地が集合し、各々自慢のあんこう料理を披露する祭典も開かれているようです。
伝承されるのは、郷土に愛され人々の生活に馴染んだあんこう料理は、心に染みる日本の味だという事です。
あんこうというひとつの食材が各地の交流をもたらせるとは、すばらしいですね。
まさに味と共に横綱級の力量をもった魚と言えるのではないでしょうか。

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