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吊るし切り

滅多に見ることのない実演の魅力と神秘性が相乗効果となり、注目を浴びている魚があります。
ダイナミックな解体ショーの見応えが人気を呼んでいるのは、深海魚「あんこう」です。
ぬめぬめとした平べったい体は1mを超え、何でも飲み込んでしまいそうな大きな口には鋭い歯があり、見た目のインパクトが強烈な魚です。
10㎏を超えるほどの巨体を安全に手際よく解体するために「あんこうの吊るし切り」が編み出され、今や産地の冬の風物詩となって受け継がれています。
家庭で捌くことが難しい大物の魚を、プロが店頭で見事に捌いていく姿は、観る人を楽しませるパフォーマンス性があり、集客効果の高い見せ場となっています。
人々を惹きつける吊るし切りは、あんこうだけに用いられる独特の捌き方に秘密があります。
全身ヌメリのある体と、ブヨブヨと弾力のある皮の巨大魚は、他の魚と同じようにまな板の上では捌きません。
大きな口にかぎ針を指して、上から吊るした状態で包丁を入れていく「吊るし切り」が行われます。
なかなか目にすることのないあんこうの吊るし切りについて、その変わった捌き方の特徴とあんこうの魅力を一挙に紹介します。

ヌメリのあるあんこうの安全な捌き方

ヌメリのあるあんこうの安全な捌き方

現在、国内で水揚げ量が多く、食用とされているキアンコウは、100~150㎝と大型の魚です。
大抵の店では、広い厨房と大きなまな板の上で捌かれているようですが、小ぶりなあんこうであっても、ぬめりが強く、ぶよぶよして安定が悪いあんこうを一般家庭で解体するとなると注意が必要です。
あんこうの大きく重たい体は、吊るして切る方がラクな場合に用いられます。
伝統的な技術の「吊るし切り」は、パフォーマンスではなく、効率的な捌きやすさから考案されたものです。
個性あるあんこうの特徴を挙げ、画期的な捌き方をする理由を思索してみましょう。

あんこうは、なぜ吊るして捌くのか?

魚と言えばウロコをもつイメージですが、実は全ての魚にウロコがあるわけではありません。
あんこうは、ウロコをもたない代わりにヌメヌメとした粘液で体表を保護しています。
粘液を出す皮とその身が含む水分率は85%という、みずみずしく弾力のある体をしています。

あんこうの身や皮は、美容成分として注目を浴びている、肌のハリを保つコラーゲンがたっぷりと含まれています。
ゼラチン質(コラーゲン)や水分を豊富に含有するあんこうの体は、ヌメリで滑りやすい上にブヨブヨと柔らかいため包丁を入れにくいのです。

そこで先人たちにより考え出された捌き方が、「吊るし切り」です。
大きなかぎ針のようなフックをあんこうの口に刺して吊るし、回転させながら解体していきます。
吊るしたあんこうの口から水を注ぎこみ、水で胃を膨らませると、皮にハリが出て、捌きやすくなるのも、特徴の一つです。

吊るし切り以外のあんこう解体「雪中切り」

本州最北端の青森県に、一風変わったあんこうの捌き方を用いている場所があります。
青森県の下北半島北西部に位置する風間浦村です。

ここでは、寒い東北の地の気候を生かして、積もった雪の上であんこうを捌く「雪中切り」が有名です。
地域に伝わる伝統的な捌き方で、雪の冷気で新鮮なあんこうの鮮度を保ちながら、雪であんこうのヌメリを緩和させつつ捌いていきます。

風間浦村で水揚げされたあんこうは、漁場と港の距離が近く、活きたままの姿で入荷してきます。
雪中切りされた活きあんこうは、ここでしか食べられない名物料理として提供されます。
抜群の鮮度を誇る風間浦村のあんこうは、刺身でも食べられることで有名です。
地の利を生かした古人の知恵が築き上げてきた、風間浦村名物の捌き方です。

吊るし切りに心を掴まれる

切り分けられた鮟鱇の身と肝

祭り等で披露される吊るし切りの魅力は、解体しながらあんこうの特徴や部位の説明、美味しさを伝える演出にあります。
あんこうの吊るし切りは、観る人たちへ臨場感のあるパフォーマンスを披露できるため、観光地では集客の要として「あんこうの吊るし切り実演」とうたってPRしています。
目の前で繰り広げられる、熟練の料理人の巧みな包丁捌きは観る人に感動を与えます。
また、解体ショーを見た後に改めていただくあんこう鍋は、冬の寒さを吹き飛ばすように身に沁みる味わいでしょう。

あんこうの吊るし切りが観られる有名な地域として、あんこう鍋が郷土料理として有名な茨城県や水揚げ量日本一の山口県などが挙げられます。
一度は見てみたいあんこうの吊るし切りですが、あんこう自体をまだ見た事がない人もいらっしゃるでしょうし、吊るし切りをグロテスクに感じる方もおられるかもしれません。
あんこうの大きさにもよりますが、プロの料理人は1匹を10分前後で解体してしまいます。
流れるような包丁捌きで、吊るされたあんこうの皮を上から剥ぎ落とし、部位ごとに削ぎ取るように分けて捌いていくのです。
あんこうは「捨てるところがほとんどない」と言われるほど、内臓も含めて美味しいところだらけの魚です。
吊るし切りの手順を追いながら、あんこうの可食部について見ていきましょう。

残るのはあごと背骨だけ!?

あんこうの食べられない部位は、あごと骨だけと言われています。
他の魚では処分されがちなエラや胃袋ですが、あんこうに限っては例外です。
エラは軟骨のような柔らかさで、胃袋はホルモンのようなコリコリとした美味しさが味わえます。

あんこうの可食部位は「七つ道具」と呼ばれ、部位ごとに違った風味、食感を楽しむことが出来ます。
七つ道具は、トモ(胸ヒレ、尾ヒレ)、皮、エラ、肝、水袋(胃袋)、ヌノ(卵巣)、柳肉(身)に分類されます。
地域によって多少内容に違いが見られ、頬肉や尾の肉(大身)を入れて七つ道具と呼ぶこともあります。

では、気になる吊るし切りの手順を追ってみましょう。
一般的な手順を紹介しますが、切り落とす順番は料理人によって様々なので、細かな順番は前後することもあります。

あんこうを捌く前に、まず口からたっぷりと水を入れ胃を膨らませ、胃の洗浄をしておきます。
そして、あんこうの下顎にフックを引っ掛け、目の高さに吊るします。
解体は、両脇の翼のような胸ビレから切り落とします。ヒレはゼラチン質たっぷりで、付け根に美味しい身があります。
口の周りに包丁でぐるりと切れ目を入れて、皮を下へ下へと手で引っ張り剥がしていきます。
皮が剥がれたら各部位を順序よく解体していきます。

あんこうは「捌く」という表現より、「解体する」という表現がぴったりです。
包丁で切れ目を入れながら、時には叩き切って部位をバラしていきます。
口の下にあるあばら骨周辺を外し、赤くてキレイなエラを取り出します。
そしてお腹を大きく開き、傷つけないよう優しく肝を取り出します。脂ののった肝はオレンジ色をしており、あんこうの代表的な部位になります。
大きな水袋(胃袋)は、揚げや湯引きにして食べても美味しいです。
珍しいのはヌノ(卵巣)です。蝶の羽のように広がる薄い膜状で、120万~150万個の卵がゼラチン質に包まれています。
最後にやっとたどり着くのが柳肉(身)になります。背骨に沿って左右の身を骨から外していきます。

内臓を解体する中で、大きな体の割に小さな心臓も出てきます。食べられない部位ではありませんが、目玉や腸と同様に、あえて食べない部位とされているようです。
最後に残るのは、あごと背骨だけになり、あんこうは大変歩留まりのよい魚だということがわかります。

解体ショーでは、普段見られないあんこうの体の構造を解説してもらえ、食育の面からも優れた伝統技術と言えるでしょう。

あんこうの目利きポイント

冬の味覚あんこうを食べていたけれど、むき身となったあんこうではなく、丸の状態の姿に興味が湧いてきた方もいるのではないでしょうか。
あんこうには毒がないため、自ら市場で買い付け、新鮮なあんこうの解体に挑戦してみることができます。
そのような方のために、鮮度と味のよいあんこうを選ぶ際のポイントをまとめました。

国内で主に水揚げされるあんこうは、キアンコウとアンコウの2種類で、キアンコウの方がやや大振りで味がよいと言われています。
市場では、この2種類を分けて陳列しないため、似た風貌の両種を自分で判別して仕入れる必要があります。

キアンコウは、舌が白っぽいピンク色をしているのに対し、アンコウは、黒っぽい舌の上に白い斑点が無数にあり、この違いで見分けを付けています。
若干の違いですが、横から見た際、キアンコウは口に近いやや前よりの位置に胸ビレが付いており、アンコウは体の真ん中に付いているところで見分けられます。

次に鮮度ですが、あんこうは危険を察知すると体表から粘液を出して、敵から捕まりにくくする習性があります。
このヌメリが透明で体表に艶とハリのある個体は、鮮度がよいとされています。
逆にヌメリが白濁していて、皮にたるみが見られ、尻尾がだらんと垂れ下がっているものは鮮度が落ちているので避けましょう。

特に、あんこうは内臓から傷むと言われており、お腹が青っぽく変色しているものは腐りかけている証拠なので要注意です。

店頭で切り身として販売されているあんこうの目利きポイントは、身に透明感がありピンク色をしているものを選ぶことです。
ヌメリと同じで、身が白濁して透明感のないものは鮮度が劣化している兆候でしょう。

迫力の実演「あんこうの吊るし切り」の魅力

迫力の実演「あんこうの吊るし切り」の魅力

ウロコをもたないあんこうは全身にヌメリをもち、ぐにゃりとした不安定さは料理人泣かせの魚です。
先人たちは、置かれた環境の中で、あんこうの重みや柔らかさを生かした捌き方を考え、吊るした状態で捌く安定した方法に辿り着きました。
あんこうの吊るし切りは郷土料理を引き立てる伝統的な捌き方です。
現在、イベントで披露される「吊るし切り」は、珍しい深海魚のあんこうに注目を集め、親しみをもって、新鮮なあんこうを食べてもらう大きなきっかけとなっています。

あんこうの好漁場をもつ地域では、あんこうの旬である冬季になると、地元で獲れたあんこうを用いてあんこう祭りを開催します。
ステージ上にぶら下がった1mを超える巨体が切り崩されていくあんこうの吊るし切りの実演は、五感であんこうを楽しむことが出来る、迫力のパフォーマンスとして地域の㏚となり多くの観光客を惹きつけます。
客の前で、熟練の料理人が大きなあんこうを手際よく解体していく姿は、見事の一言です。
また、解体師による部位の解説は子どもたちの興味を引き、魚食普及への貢献にもなっています。

深海であまり動きのないあんこうの栄養分は肝に蓄えられています。
海のフォアグラと呼ばれるあん肝の脂肪分は40%もあり、その濃厚な旨味はお酒好きを唸らせます。
捨てるところがないと絶賛される可食部は、ヒレ・皮・エラ・胃・卵巣・身と肝を合わせて「あんこうの七つ道具」と呼ばれ、冬を代表する鍋料理以外に、から揚げや酢の物としても美味しく食べられています。

独特な吊るし切りのパフォーマンス性と、全てを美味しく食べられるあんこうは、他に類を見ない魅惑的な魚と言えるでしょう。

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