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包丁

ふぐ料理の代表格に、ふぐの刺身があります。
そのふぐ刺しを造るうえで、欠かせない専用包丁「ふぐ引き包丁」をご存知でしょうか。
このふぐ引き包丁は、ふぐ刺しが最大限に美味しく仕上がるようにと、ふぐのことだけを考えて作り上げられたふぐ刺専用の和包丁です。
ふぐの身は脂肪分が非常に少なく、筋肉質で弾力の強さが特徴的です。
プリプリとした食感も美味しさのひとつであるふぐ刺しは、じっくりと噛むことでふぐの旨味が広がり、しっかりとした味を感じることができます。
ふぐの料理人達は、食材の持ち味に合う調理法を思案し、群を抜く薄い刺身を造り上げました。
ふぐ引き包丁は料理人の要望によって、ふぐの身を薄く引くために作られています。
このふぐ引き包丁は、日本刀の鍛錬技術を元に作られました。
薄く長い刀身をもつ包丁の誕生により、芸術品とも呼べる美しい盛り付けのふぐ刺しが生み出されてきました。
ふぐ刺しの薄さには、計算された料理人の技が隠されているのです。
ふぐという魚と、ふぐ刺しの魅力ある味わいを引き出す、ふぐ引き包丁の特徴について追ってみましょう。
ふぐの美味しさを余すことなく味わえるようにと作り上げられたプロの道具「ふぐ引き包丁」のこだわりと、私たちが包丁を選ぶ際に役立つ包丁の基礎知識を交えてご紹介します。

ふぐ刺しの薄さと身質の関係

ふぐ刺しの薄さと身質の関係

ふぐを食べたことはなくても美しく盛り付けられたふぐ刺しの姿を知っている人は多く、印象的な料理といえます。
丸い皿に放射線状に盛られたふぐの、その1片1片は皿の模様が透けるように薄く、大輪の花のように盛り付けられた刺身はもはや芸術品です。

しかし、なぜ皿の模様が透けるほど薄く切るのでしょうか。
その答えは、ふぐの身質にあります。
なぜふぐの刺身は薄く切らねばならないのか、その理由を追ってみましょう。

ふぐ刺しを薄く切るわけ

ふぐは短距離走者に例えられるような、瞬発的な速さを誇る動きをする魚のため、筋肉の繊維が強く、とても弾力があり固い身をしています。
他の白身魚と比べても段違いに脂肪分が少なく、引き締まった高たんぱく質の身体をもっています。
そのような特徴のふぐを刺身にして食すには、薄く切らないと硬くてとても食べにくいのです。

一般的にふぐ刺しは、1.4mm~2mmくらいに薄く切られますが、身の状態によっては1mm程度とさらに薄く切られることもあります。
例えばふぐ刺ひと切れを5㎜ほどの厚さに切ってしまうと、咀嚼できずに口の中で泳いでしまうほどの弾力をもちます。

せっかくの深みある旨味を味わえないのであれば、ふぐに厚みをもたせるのは適切ではないということになります。
ふぐ刺しは身の持ち味である食感を生かしつつ、繊維にそって薄く切られてこそ美味しさを発揮するのです。
口の中でしっかり咀嚼して旨味を味わえるのに最適な薄さは、ふぐの個体差に合わせて料理人が調節しているのです。

ふぐ刺しの旨さを左右する熟成期間と薬味たち

ふぐ刺しは「切る」ではなく「引く」と言う

包丁の技術は3通りあり「落とし切り」「押し切り」「引き切り」の切り方の種類があります。
刺身を切る場合は、切り口がきれいで細胞を潰しにくい「引き切り」を用います。

実はふぐ刺しの包丁さばきは、「切る」とは言わず「引く」という表現を使います。
ふぐの刺身は包丁で1枚を薄く削ぐように、一息でスーッと手前に引き切ります。

最も薄い刺身と呼べるふぐの刺身は、用途に合ったふぐ専用の「ふぐ引き包丁」を用いて作ります。
包丁の刃と指のハラで身を挟むように厚みを確認しながら、その身が透けるほど薄い厚さに引くのです。

知っておくと便利な包丁の基礎知識

知っておくと便利な包丁の基礎知識

ふぐ引き包丁を語る前に、一般的な包丁の基礎知識についてご紹介します。
包丁ひとつで、料理の仕上がりや食材の味わいに差が生まれるのはご存知でしょうか。

例えば、研ぎを怠った包丁は切れ味が悪く、食材の細胞を雑に壊すために苦みが出てしまい、せっかくの本来の旨味が失われた残念な料理となってしまいます。

美味しい食事を支える大切な要素のひとつに、包丁の切れ味が深く関わっているのです。
知っておくと便利な包丁の基礎知識と、ふぐ専用の和包丁「ふぐ引き包丁」の特長をまとめました。

包丁の基礎知識

包丁の種類

私たちの身近には、和包丁、洋包丁、中華包丁の3種類があります。
大まかな特徴として、和包丁は片刃であることがあげられます。
切り口がキレイで、主に手前に引くように使います。
日本刀の作りと同じように、刃の部分は柄に差し込むようにして固定されています。
こだわりの強い日本人らしく、用途にあわせて形状の違う種類が多く存在します。

洋包丁はで大きさの違いはあるものの形は同じものが多いです。
両刃づくりなので、食材を真っ直ぐ切り分けやすくなっています。
ブロックの肉を切るなど、押すように力を入れて使用します。

中華包丁は万能包丁で、ひとつあると大抵の調理に対応できます。
刃の厚みによって薄手、中厚、厚手と種類分けされています。
幅広の大きな長方形をしていて重みがあり、その重みを上手に使うことで食材を楽に切ることができます。

包丁4つの特性

ご家庭用の包丁を選ぶ際に、大切なのは「扱いやすさ」ではないでしょうか。
料理に欠かすことのできない道具「包丁」には、4つの特性があり、選択の大きな基準となります。

見るべき所は、包丁の材質、切れ味の持続性、折れや刃こぼれのしにくさ、錆びにくさです。
これらを全てパーフェクトに兼ね備えた包丁があれば夢のようですが、鋼材の特性上、例えば硬い包丁は切れ味が良いですが相反して粘り強さが弱くなり刃こぼれしやすくなります。

一般的に高価な包丁ほど、4つの特性の性能が高くバランスが取れていると言われていますが、特性を知り、自分の使用目的に合った包丁を選ぶことが大切になります。
ここでは、和包丁を選ぶ際に基準となる、4つの特性をご説明します。

材質の「硬度」
硬い材質の鋼材ほど鋭角に刃を付けることができるので、鋭い切れ味の包丁を造り上げることが可能です。
また硬い材質は研ぐ際、加工精度を上げることができるので、食材を滑らかに切れる理想的な刃形状を実現することができます。
一方硬い材質は、柔軟性に欠けるため折れや刃こぼれに繋がり、研ぎづらさ=扱いづらさに直結します。
そのため家庭用の包丁で、あまりに硬度を求め過ぎると使い続けづらい包丁となってしまうのです。
切れ味の持続性「耐摩耗性」
耐摩耗性が高いと切れ味が落ちにくく、その分研ぎ直しが少なくすむので包丁が長持ちします。
家庭用の包丁は、プロのように細めに手入れをする時間や技術が足りないという方も多いと思います。
そのため、耐摩耗性の高い包丁を選ぶと切れ味は長く持続するので、研ぐ手間がはぶけるというメリットがあります。
折れや刃こぼれのしにくさ「靭性(じんせい)」
包丁は構造上、横から加わる力に弱い特性があります。
靭性が高い包丁はしなやかなので、横から加わる衝撃をはじき返してくれます。
硬度と靭性は相対的な特性で、このふたつのバランスが取れた包丁は扱いやすい包丁と言えます。
錆びにくさ「耐食性」
錆びは切れ味を鈍くさせるので、錆びにくい包丁は持続力のある切れ味を保ってくれる扱いやすい包丁と言えます。

様々な材質の違い

包丁に使用される材質は、大きく分けて鋼とステンレスの2種類です。
ひとくちに鋼とステンレスと言っても、材質が含有する炭素量により硬さが異なり、いくつかのグレードに分けられ差別化されています。
含有する炭素量が増えれば増えるほど、切れ味を支える硬度が上がり、逆に炭素量が低いものはしなやかさをもち扱いやすい材質となります。
一般的な材質の種類をご紹介します。

代表的な鋼材「安来鋼(やすきはがね)」

日本の伝統的な和包丁は、鋼を中心に造られています。
鋼で鍛えられた包丁は、折れや曲がりに強く切れ味のよさを兼ね備えた日本刀に近い性質をもっており細かくグレード分けされています。

安来鋼は、不純物を極限まで取り除くため切れ味がよく、優れた刃物鋼として世界的に有名です。
砂鉄の産出地である島根県安来市で造られる「安来鋼」の種類を見てみましょう。

黄紙
別名「黄鋼」と呼ばれています。

リーズナブルな包丁用の鋼として使用される、最もグレードの低い鋼材です。 斧やノコギリなどの刃物に使用されるSK材(炭素系工具用鋼材)から、不要な不純物を叩き出し取り出したものです。
白紙
別名「白鋼」と呼ばれています。
黄紙からさらに不純物を取り除いた最も純粋な鋼で、とても硬い材質となります。
白紙に炭素を加えて硬度を変えることで、鋭い切れ味やしなやかさを調整します。
炭素量の多い順に、1号・2号・3号とランク分けされており、高級な包丁に使われるのは最もバランスの取れている2号が多いと言われています。
1号はその硬さゆえに切れ味は抜群なのですが、とても欠けやすいためあまり出回っていません。
青紙
別名「青鋼」と呼ばれています。
不純物の少ない白鋼に、耐摩耗性の優れたクロムやタングステンを加えてしなやかさと錆びにくさをもつ鋼に仕上げた高級品です。
青紙の中でも含まれている炭素量で、さらに1号・2号とランク分けされており、青紙1号の包丁は最高級品と呼ばれています。
1号は2号より炭素の含有量が多いため硬さがあり、より切れ味を求める料理人向きの材質とされていますが、硬い分扱いづらい(研ぎづらい)デメリットもあります。

錆びにくい「ステンレス」

ステンレス製の包丁は、お手入れのしやすさから家庭の主婦層に人気があります。
ステンレスは、主成分の鉄に錆にくさを強化するクロムや耐食性をアップさせるニッケルを添加して作られます。
鋼と比べると切れ味が劣りますが、そのデメリットを克服すべく、切れ味を追求したステンレスも開発されてきました。
代表的なステンレス材の種類をご紹介します。

ZDP189
日立金属が製造している最新の日本製ステンレスです。
ナイフ用として生産され、包丁に使用されることは珍しいですが、現在の刃物としては、硬度・耐摩耗性・靭性・耐食性の4つの特性を併せ持つ究極の鋼材といえます。
この鋼材は、極細微粒子でのみ出来上がった鋼で、世界最高の硬度をもちます。
切れ味に凄まじさがでる反面、刃欠けしやすい欠点もあります。
粉末ダイス鋼カウリX
ものすごく硬いステンレスで、メインは高級ナイフで用いられ、一部包丁にも使用されています。
超高級刃物鋼材として人気があり、刃がとても減りにくく長持ちします。
あまりの硬さに研ぐのは大変というデメリットもありますが、切れ味が持続するためほとんど研ぐ必要はないでしょう。
銀紙シリーズ
前述した安来鋼を製造している、日立金属のステンレスシリーズです。
銀1、銀5、銀3の順に炭素量が上がり、包丁には銀3を使用しています。
鋼並みの硬さとステンレスの錆びにくさをもつ、よい所取りの鋼材です。
一般的に高級なステンレス包丁には、この銀3を使用して造り上げられています。
SUS420
SUS420も、含有する炭素量の多さにより細かく種類分けされています。
ステンレスのメリットである錆びにくさはもっていますが、とても研ぎにくくステンレス用の砥石を使っても刃がなかなかつかないため、長く使用しづらい鋼材です。

製法の違い

和包丁は、ひとつの鋼から作る「全鋼製」と、軟鉄と鋼を合わせて作る「合わせ」の2種類の製法に分けられます。包丁は製法によってその特徴が変わり、選ぶ材質によってメリット・デメリットがはっきりします。製法によりどんな違いがあるのかご説明します。

全鋼

別名「本焼き」ともいわれています。
1種類の固い鋼だけで刃の部分すべてを製造しており、刃が丈夫で切れ味が長持ちします。
一方で非常に固いため、扱い方を間違えるとぽっきりとふたつに折れてしまうこともあります。
刃全体がひとつの金属でできているため、片刃包丁特有の反り返りが少なく、プロの料理人仕様の包丁といえます。

硬い鋼だけを使う包丁は日本刀と似た製法のため、刃をつける作業が複雑で難しく、鍛錬に時間も技術も要するため、1本10万円を超えるものもあり、非常に高価なものとなっています。
錆びやすいので手入れの回数は多く、また研ぎ直しには技術が必要となるのがデメリットといえるでしょう。

合わせ

刃の部分を硬い鋼で作成し、周りを軟鉄で貼り合わせて作成したものです。
鋼の硬く切れ味がよい点と、やわらかい金属の粘り強く柔軟性がある点の、両方のいい部分を組み合わせたものが、合わせという製法です。
さらに、製造にコストがかからず安価で販売されています。

デメリットとしては、固さの違う金属を使用するため、長年使用すると反り返りがでてきます。
また刃の切れ味は本焼きに比べると落ちますが、研ぎやすいため初心者にも手入れがしやすいでしょう。
包丁の軟鉄部分を磨くと、霞がかかったように白っぽくなることから別名「霞」と呼ばれています。

切れ味と美味しさの関係

包丁の切れ味ひとつで、料理の美味しさに差が生まれると聞くと、ちょっとオーバーな気もしますが紛れもない事実です。プロの料理人は、お客様に最高の味わいを提供したいと考えているため、包丁の切れ味に細心の注意を払っています。

それでは具体的に、切れ味と美味しさはどのような関係があるのでしょうか。
例えば刺身の美味しさは、鮮度はもとよりいかに身の細胞を潰さず旨味を逃がさないように切るかにかかっています。

切れ味の劣る包丁だと力をかけて切るため、圧力で身が潰されて食品の劣化が進み、栄養価も損なわれて食感も悪くなります。
また余分な力は、食材のよれにつながり、見た目の美しさに影響を与えます。

例えばピーマンでは切れ味のよい包丁で切ると、苦味や酸味が抑えられ、食べやすい味わいに仕上がります。
トマトは潰さずに切ると水分が外に出ないため、旨味や甘味がしっかりと残った本来の味わいを堪能することができるのです。

切れ味の鋭い包丁で切ると、食材がもつ甘味、苦味、酸味などの量が上下するのです。
せっかく選んで買った食材の美味しさを台無しにしてしまうようでは、もったいないですよね。
食材の旨味や風味を逃さず切れる包丁を使うよう、家庭でも心掛けたいものです。

ふぐ専用「ふぐ引き包丁」

ふぐ専用「ふぐ引き包丁」

平安時代後期に、料理人のことを「包丁」と呼んでいたのが、この道具の名の由来といわれています。
江戸時代になると、日本刀を作る刀鍛冶の技術を発揮して、用途にあった様々な包丁が作られてきます。

日本刀は片刃のため、和包丁のほとんどは片刃のつくりになっています。
両刃の包丁で食材を切ると、角度がついて左に曲がってしまいます。
これは魚をおろす時に非常に自然な角度となり、作業がしやすいのです。

刺身をつくる際、専用の刺身包丁を使います。
その中でも、ふぐの刺身は薄さを求められているため、通常の刺身包丁よりさらに専門性を追求して作られた「ふぐ引き包丁」を用います。

ひとくちにふぐ引き包丁と言っても、地域文化によるふぐの食べ方の違いから、蛸引き包丁と柳刃包丁のように関東と関西で違いがみられます。
ふぐ引き包丁には、どのような種類と材質があるのか見てみましょう。

刺身包丁の特徴

刺身を造る際、一般的に奥から手前へひと引きで切る「引き切り」という切り方が用いられます。
引き切りは、最低限の力で刺身を切るため、身の細胞を壊し過ぎません。
細胞を壊すと身からドリップが出て食感も劣り、生臭く見た目も悪い仕上がりになってしまいます。
このような理由から、刺身包丁は一気に引き切れるように長い刀身を必要とします。

ある程度刃に厚みと重さをもたせ、その重さで余計な力を入れなくても引き切れるように造られています。
刺身包丁は、関東型と関西型に分かれて仕様が少々異なります。

関東型「蛸引き」

刃が直線的で、先端は四角く切り落としたような形状です。
刃渡りは21cm~36cmと長く造られており、関西型と比べると刃が薄く薄造りに適した包丁です。

関西型「柳刃」

刃先は日本刀のように、尖がっているのが柳刃の特徴です。
尖がっている刃先で、色々な細工ができるため今では全国的に支持されている刺身包丁です。
刃渡りは21cm~30cmが多く、プロの料理人ほど長めの刃渡りを選ぶ傾向にあります。

家庭用で長い柳刃を使用すると、尖がっている刃先を壁などにぶつけやすいため、27cm以内のものを勧めているお店が多いようです。

ふぐ引き包丁の特徴

ふぐ引き包丁は、ふぐの消費量日本一の大阪で生まれました。
弾力のあるふぐの身を食べやすく、かつ旨味を感じられるようにと絶妙の薄さに仕上げるふぐの刺身には、ふぐ専用の和包丁「ふぐ引き包丁」の力が必要です。

ふぐの身を包丁で引く際、いかに細胞を傷めずに美しく切れるかが重要なポイントです。
ふぐ引き包丁は、研ぎ澄まされた切れ味と長さをもち、ひと引きで切ることを第一目的として鍛え上げられた包丁なのです。
正にふぐの刺身を薄く引くためだけに作られた特殊な包丁と言えます。

ふぐ引き包丁の歴史

ふぐ引き包丁は、大阪府堺市にある水野鍛錬所(1872年創業)により開発され世の中に広まっていきました。
ふぐ引き包丁ができた正式な年代の記述はありませんが、ふぐ食禁止の時代を経て全国的に解禁されていた1892年頃ではないかと推測されます。

大阪はふぐ消費量日本一の地域で、料理屋の数も多く、職人も多くいました。
通常の柳刃包丁より、作業のしやすい調理器具を求める職人の要望を受けて誕生したのが「ふぐ引き包丁」でした。

堺は江戸時代(1603年~1868年)から刃物の有名な産地で、煙草の葉を刻むための包丁を江戸幕府より専売の許可を得て発展していきました。
その堺市にある水野鍛錬所から、ふぐの身を一息で薄く切るために刃が鋭く長く、刀身を限りなく薄くしたふぐ引き包丁が誕生したのです。

ふぐ引き包丁の特色

ふぐ引き包丁の特徴は、刃渡りの長さと刀身の薄さにあります。
一般的なふぐ引き包丁は刃渡りが18cm~36cmほどで、27cmくらいが長すぎず短すぎず最も扱いやすい長さと言われています。

ふぐ刺しを造る際、包丁を前後に動かしては身が崩れ細胞も壊れて美味しさが損なわれてしまいます。
ふぐ引き包丁は、包丁の重さで切るのではなく、長い刃渡りを使って一気に「引き切る」のです。
ふぐの身を薄くひと引きで引き切りたいため、一流の料理人になると少々扱いづらくても30cm以上の長さのものを仕様します。

刃の幅は狭く、強い反りのある刃先をもっています。
柳刃包丁や刺身包丁と異なる点は、驚異的な刃の薄さです。
関東と関西で刃の厚みは少し差がありますが、最も薄いものでは3㎜以下の物もあります。

ふぐ引き包丁が薄いのは、繊細なふぐ身の細胞を傷つけないように切るためです。
魚を薄く捌くためには、包丁の刃も薄くないといけません。
頑丈さには欠けますが、ただひたすらに切れ味と薄さだけを追い求めた和包丁が「ふぐ引き包丁」なのです。
耐久性はないため、刀身が曲がりやすく薄い刃を研ぐのも細心の注意が必要なほど、扱いがデリケートな包丁と言えます。

ふぐ引き包丁の種類

ふぐ刺し用として作られたふぐ引き包丁ですが、形態については、ふぐ食の文化的な背景も影響しています。
ふぐ引き包丁の種類をみてみましょう。

形態による違い

日本は北から南へと縦長の国土をもつ島国です。
そのため気候風土の違いから、様々な地域ごとの特色が生まれました。
とくに食文化では、西(関西以南)と東(関東以北)では随分様変わりしていて、同じ食材でも料理法や味付けに違いがみられます。
ふぐ引き包丁も同様に、大阪仕様と大阪以外の仕様に分かれています。

一般的な仕様
昔、江戸では「粋」という感性を大切にしてきました。
高級なふぐを器に並べ、その美しい模様を透かして見た目の美しさを追求するのも「粋」としていました。
ふぐのやわらかな色と、透明感溢れる身質にうっとりします。
ですから関東のふぐは、身を極薄の一枚に仕上げることが一番とされており、ふぐ引き包丁は切れ味がよく刀身の薄いものが好まれてきました。
大阪仕様
ふぐの消費量日本一の大阪では、高級なふぐ刺しを薄く食べるのは「セコい」という観点から、できるだけ厚く切る傾向にあります。
ふぐの身は弾力が強いので限度はありますが、それでも高級で美味なふぐを食べる時こそ豪快にという食い倒れの街らしい発想です。
そのため、ふぐ引き包丁も少し形態が異なります。
通常のものより、少し幅が広く刀身が厚めに作られています。

ふぐ引き包丁が伝える料理人の心

ふぐ引き包丁が伝える料理人の心

食材ひとつひとつには、その持ち味を生かしたそれぞれの調理法があります。
それに欠かせない調理器具として、切れ味の良い包丁が大切ということがわかりました。
日本の刃物の技術は世界に誇るレベルで、用途に合わせて実に多種の包丁が揃っています。

調理人は、自らの技術を誇示するためではなく、食べる人に喜んでもらえる料理を作りたいと工夫し、努力を積んでいます。
和食の盛り付けには、見た目も楽しませる美しさがあります。
和食の代表である刺身には、新鮮な魚の身を最もよい状態で提供できるように、専用の包丁を用います。

特にふぐ刺しは高級なものとして有名ですが、その理由のひとつに手間とコストが掛かる包丁を用いて作る点が挙げられます。

身の切り方と味は直結しています。
ふぐの身を崩さず、極薄の1枚に仕上げるふぐ引き包丁の切れ味なくしては、美しいふぐ刺しを造ることは難しいのです。
抜群の切れ味を誇るふぐ引き包丁は、薄いふぐの身1枚ずつにふぐ本来の旨味を閉じ込め、美味しさを花開かせるために調理します。
ふぐ引き包丁により、美しく絶妙な薄さに仕上げられた刺身の噛み心地を噛めば噛むほど口の中に堪能できるでしょう。

よい道具とは、素材に適した道具ということです。
料理人の腕を支えてきたふぐ引き包丁は、ふぐ刺しを芸術の域まで高めた究極の和包丁なのです。

丁寧な料理で表す調理人の心は、食べる人の信頼を得ます。
もしあなたが「また食べたい」と思ってもらえる料理を作るなら、調理器具のメンテナンスを心掛けることです。
包丁を研ぎ、日々のメンテナンスを心掛けることで、あなたの料理がさらに美味しくなるでしょう。
包丁の歴史が、それを教えてくれています。

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