鍋の中でも別格の「ふぐちり」が王座に居続ける理由
寒さが身に堪える冬、身体が欲するのは湯気上がる温かい「鍋料理」ではないでしょうか。
旬のお野菜をはじめ、だしのきいたスープにメインとなる具材を入れれば、栄養満点のほかほか鍋料理ができあがります。
家族の団欒や、仲間で囲む食卓に嬉しい料理ですよね。
また忘年会や新年会などの親睦を深める場でも、鍋は欠かせない定番料理となっています。
その中でも冬の味覚として特別な存在に、ふぐちり鍋があります。
高級な魚であるふぐを主役とする、ちょっとぜいたくな鍋料理です。
冬の料理の王道である鍋料理ふぐちりについて、その人気の秘密を追ってみたいと思います。
鍋料理を愛する日本人
㈱ウェザーニュースが冬に行った「日本の鍋事情」という興味深い調査結果によると、日本人の約9割の人は鍋が好きと答えています。
老若男女の差は無く、もはや国民食となっている鍋料理。味の好みは分かれるでしょうが、我が国の人達は、寒くなると鍋を食べたくなる共通の思いを持っているようです。
具材の自由がきくうえ、調理の手軽さや、なによりついつい食べ過ぎてしまうその美味しさが、人気の理由だということがわかります。
また、アサヒグループホールディングス㈱が1月に行った「お鍋料理」に関する調査結果からは、約50%以上の人が週に1回は鍋料理を食べていることがわかりました。
寒い季節が訪れると食卓に上がる鍋は、私たちの生活に密着した料理と言えるでしょう。
このような調査結果から、日本人は鍋料理をこよなく愛していることが伺えます。
また一つの鍋をワイワイと囲んで、家族や友人など、気心の知れた人たちと食べることが楽しみのひとつだと感じているようです。
鍋料理はコミュニケーションとしての側面も強く、同じ物を食べながら親近感をもって打ち解けていける、日本人向きな料理かもしれません。
日本人と鍋料理
忙しい現代の日本人にとって、鍋料理の手軽さは嬉しいかぎりです。
好みの食材をひとつの鍋に入れて煮込むだけなので、調理や片付けの手間も短縮でき、総合的に多くの食材の栄養をスープと一緒に摂ることができるありがたい料理です。
沿岸地域では海の幸を多く取り入れた海鮮鍋が多く、山に囲まれた地域ではキノコや山菜など山の幸をふんだんに使用した鍋が愛されてきました。
最近では、若い方を中心に変わり種も人気で、トマト鍋、豆乳鍋、カレー鍋等バラエティ豊かな鍋料理が誕生しています。
鍋は、ベースとなるスープ(出汁)が多種多様で、昆布や干し椎茸を使用した精進出汁もあれば、鶏ガラや豚骨といった動物性の濃厚なスープ、貝や魚の旨みが溶け込んだ海鮮スープをベースにアレンジされます。
さらに魚、肉、野菜など、多くの具材を組み合わせれば何通りものバリエーションを用意することができます。
食材のエキスがたっぷり染み出たスープは、シメにうどんや雑炊にするなど、最後までお楽しみがつきません。
また鍋を食べると身体が温まり、血流をよくしてくれるので免疫力の向上に繋がります。
風邪のはやる寒い時期に鍋を食べるのは理にかなっているのです。
一昔前まで日本の住居の中央部には、囲炉裏がありました。
囲炉裏には自然と人が集まり、火にかけた鍋を家族全員が顔を合わせながら食事するのが一般的でした。
私達は古代から皆で揃って鍋を囲み、暖を取りつつ健康を維持し、会話のある食事をしてきたのです。
鍋料理は、家族団らんの食事を象徴した料理と言えるでしょう。
寒い冬に鍋を囲む姿は、現在まで続く日本らしい情景といえるのではないでしょうか。
白身魚は鍋に向く
身がしっかり締まった白身魚は、お刺身にすると弾力ある食感を楽しめますが、火を通すとふんわりと柔らかな食感へと変化し、ほっこりといただく鍋料理によく合います。
あっさりと水炊きか昆布出汁でいただく白身魚の鍋を、ちり鍋と呼ぶそうです。
食材によって、「ふぐちり鍋」「たらちり鍋」「鯛ちり鍋」と呼ばれ、白身魚の優しい味わいをシンプルに味わう鍋料理はヘルシーでとても人気があります。
ちり鍋について詳しくご紹介します。
ふぐちり鍋とは
ちり鍋の「ちり」という語源は、新鮮な魚の切り身を鍋に入れた時、チリチリと縮む姿が由来と言われています。
幕末から明治にかけて刺身を食べる習慣のない西洋人が魚を熱湯につけて食べたことが、この鍋の始まりという説もあります。
ちり鍋は水炊きで、主に白身魚を用います。たくさんの野菜といっしょにあっさりといただく鍋です。
白身魚は脂肪分が少なく、たんぱく質が多い弾力のある肉質のものが多いため、煮るとプリプリとした心地よい食感になります。
たんぱく質が多いということは、アミノ酸由来のグルタミン酸を多く含んでいるため、甘味のある味わいとなります。
グルタミン酸は、昆布などの出汁と同じ成分で、強い旨味を持っています。
白身魚のなかでも、ふぐは、他の魚に比べて高タンパク低脂肪の特徴をもちます。
例えば、真鯛の脂肪分は3.4%なのに対し、ふぐの脂肪分は0.1%と、際立って低脂肪な白身魚と言えます。
ふぐの肉は脂肪分が少ないため、良質なたんぱく質を低エネルギーでたくさん食べることができます。
そのうえ消化もよい魚なので、積極的に摂りたい食品といえるでしょう。
さらにふぐは、グリシンとリジンと呼ばれるアミノ酸の一種も多く含んでおり、これらがふぐの身がもつ上品な甘さの正体と言われています。
味噌や醤油などの濃い味で調理しても美味しいですが、せっかくの白身魚の繊細な旨味が生かせないので、ふぐはちり鍋にするのが良いでしょう。
食材の持ち味を活かすため、ちり鍋はシンプルに水炊きにしますが、お好みで昆布の出汁を取ると、淡泊な白身魚の旨味を最大限に引き出すことができます。
ふぐはアラから十分なふぐ出汁がとれます。
ふぐ通の方は鍋のスープに塩だけを足して、ふぐの旨味が凝縮された極上のスープを楽しむそうです。
伝説の美食家である魯山人に「三、四度もつづけて食うと、ようやく親しみを覚えてくる。そして後を引いてくる。ふぐを食わずにはいられなくなる。」と言わせるほど、その味を追ってしまうふぐのちり鍋とはいかなる味でしょう。
ぜひお試しいただきたいものです。
参考文献:ふぐは毒魚か(北大路魯山人)
てっちりとは
ふぐ鍋料理のことを、「ふぐちり」ではなく「てっちり」と呼ぶのも定着してきました。
関西地方を中心に、ふぐ鍋料理のことを「ふぐちり」または「てっちり」と呼んでいます。
毒をもつふぐは、たま(弾)に当たると命に関わるというダークな洒落から「てっぽう(鉄砲)」という隠語をつけられました。
てっぽうという異名は、江戸時代には全国で使われ、とくに江戸ではかなり多用されていました。
そもそもなぜ隠語が生まれたかというと、ふぐ毒に関する歴史的背景がそれを物語っています。
ふぐは縄文時代より食べられてきた身近な魚でした。
しかし1590年ころ、豊臣秀吉が朝鮮出兵のために北九州に将兵を集めた際、多くの将兵がふぐの毒にあたり命を落としたのです。
そのため秀吉は「河豚食用禁止の令」を出し、ふぐ食が禁止されたといいます。
ふぐ食禁止は、1888年に解禁(山口県のみ)されるまで続いていましたが、武家以外の人達は、秘かに美味しいふぐを食べ続けていたようです。
天下の台所と呼ばれ、色々な食材が集まる大阪では、ふぐは美味で大変好まれていました。
しかし堂々とふぐを食べられる風潮ではなく、ふぐの隠語「てっぽう」に親しみを込めて「てつ」という愛称をつけて、流通させていました。「てっちり」とは「てっぽうのちり鍋」=「ふぐのちり鍋」のことなのです。
鍋界の二大横綱
「東のあんこう」「西のふぐ」と呼び名の高い鍋界の二大横綱。
この二つの鍋の違いは、人気を占める地域だけでなく、味の傾向もハッキリと分かれています。
ふぐ鍋は言わずと知れた大阪での支持が絶大です。
ふぐは雑味がなく、旨味成分のもとであるグルタミン酸、イノシン酸が感じられる淡白な旨味が人気です。
一方、あんこうは肝が美味しく、その脂肪による濃厚な味わいとイノシン酸が旨味の決め手です。
あんこう鍋は日本の東側、とくに関東圏で大変人気があります。
ふぐと並ぶ高級魚「東のあんこう」と称されるその人気のひみつを紐解いてみましょう。
あんこう鍋、その人気のひみつ
関東で人気のあんこうは白身の深海魚で、「関東のふぐ」と賞賛されています。
茨城県を代表する冬の味覚「あんこう料理」は11月~3月まで楽しめ、とくに肝が肥大する12月~2月はお勧めの時期と言われています。
あんこうは骨以外のほとんどの部位を食べることができる魚です。
少々見た目はグロテスクですが、その身はトロトロのゼラチン質で覆われ、大きくてまな板の上ではさばけないので、吊された状態で解体されていきます。
白身魚ですので、ふぐと同様に高タンパク低脂肪のあっさりした身をもちます。
あんこうは淡白であっさりとしながらも、深みのある旨味があり、皮や軟骨にはコラーゲンがたっぷりと含まれ、女性に好まれています。
あんこうの可食部位は「七つ道具」と呼ばれ、胃、エラ、皮、肝臓、ヒレ、身、卵巣の全てが鍋に用いられます。
それぞれの違った食べ応えを楽しめるところが、あんこうファンを魅了している理由のひとつになっています。
あんこうは独特のクセのある匂いを持ちますが、湯通しの下処理をすることで気になる臭いも軽減されます。
柔らかな肉質のあんこうはシンプルな水炊きの他、味噌仕立てや、醤油仕立ての濃い味付けとの相性もよく、具材には香りの強い春菊やおろし生姜などを入れることが美味しさを引き立てる秘訣になっています。
また、あんこう鍋が横綱級の鍋料理と称されるほど人気の理由は、あんこうの肝にあると言えます。
あんこうの肝は、旨味成分であるイノシン酸や不飽和脂肪酸と呼ばれる脂肪分が多く含まれています。
濃厚な味わいのあん肝は「海のフォアグラ」と呼ばれ、融点が低い不飽和脂肪酸は口溶けが滑らかで、珍味とされるのも納得です。
あんこうは肝の大きさで価値が決まるといわれる程、栄養価の高い貴重な部位です。
茨城の郷土料理である「どぶ汁」は、まずあん肝を乾煎りしてその脂分を溶かし、味噌を加えて伸ばしたベースにあんこうと野菜を入れて煮込む、こってりとした味が人気の鍋料理です。
水分の多いあんこうの特徴をいかし、水を節約するために野菜の水分を利用して煮込んだ漁師料理がルーツだそうです。
栄養価の高いどぶ汁は、あんこうの肝の濃厚なコクと旨味が溶け合った絶品鍋料理として人々を虜にしています。
あんこうは下関が水揚げ1位
あんこうと言えば、茨城県が有名です。
親潮と黒潮がぶつかる鹿島灘海域は、餌となるプランクトンが豊富で、質のよいあんこうが獲れる素晴らしい漁場となっています。
また、冷たい海に生息するあんこうの身は締まりがよく、茨城県以北のあんこうが高値で取引されています。
茨城県にはあんこうを用いた郷土料理が多く、北茨木市はどぶ汁の発祥の地として多くの観光客で賑わっています。
健康と美容によいとされるあんこうは、江戸時代には水戸藩から将軍家への献上される高価な品でした。
現在は2kgを越える大きなあんこうを選別した「茨城あんこう」のブランド化が進んでいます。
深海魚のあんこうは、もともとオマケ的な漁獲の雑魚だったため、漁師の間でのみ食されており、あまり一般的ではありませんでした。
しかし、その美味しさを伝承してきた茨城県は、地元の郷土料理を全国に向けてピーアール活動をし、あんこうの食文化を全国的に広げていきました。
その結果、あんこうといえば茨城の郷土料理として定着したのです。
しかし、あんこうの水揚げ量を調べてみると、山口県の下関が日本一という驚きの結果がでました。
下関漁港を基地としている沖合底曳き網漁船団は、主に対馬海峡から見島沖合を漁場としています。
この海域は対馬海流とリマン海流が合流し、海がとても豊かといわれています。
下関はふぐの街として有名ですが、現在ではあんこうのお店も多く存在し、圧倒的な漁獲量日本一を売りとして下関あんこうブランドも立ち上がっています。
ふぐちりが格別に美味しい理由
寒い冬に温かいお鍋を食べる。
これだけで幸せな気分になる方も多いと思います。
しかも、そのメインが「トラフグ」であるならば、最高に贅沢で特別な気分になれるでしょう。
ふぐは高たんぱくで旨味成分をたっぷりと内に秘めた魚です。
ふぐの身の豊富なタンパク質に含まれるグルタミン酸とイノシン酸は、他の白身魚には及ばない旨味に溢れています。
昆布出汁のグルタミン酸と、ふぐからも出るグルタミン酸、イノシン酸などの旨味成分の集大成は、爆発的な美味しさを生み出します。
ここでは、最高に美味しいふぐちりの作り方とその楽しみ方をお伝えします。
ふぐちりの美味しい作り方
せっかく高級なふぐちりを食べるのですから、美味しさを存分に引き出して作りたいですよね。
現在では便利なネット販売で、ふぐちり用の鍋セットが販売されているのでお取り寄せしてみてもいいですね。
さらに贅沢を言えば、味も一等品のふぐの王様「トラフグ」なら最高です。
では、ふぐちりの美味しい作り方の手順をご説明します。
まず、土鍋に水をはり、出汁取り用の昆布を入れます。
ゆっくり火にかけ沸騰してきましたら、昆布を鍋から取り出します。
先ず、ふぐのアラを入れ、しっかりふぐの旨味をスープに取り出します。
アクを丁寧にすくい、お好みの野菜とふぐの身を入れます。
具材は、白菜、ネギ、春菊、茸類、葛切り、豆腐などはいかがでしょうか。
ふぐ出汁の旨味を吸った野菜は甘味が増して、雑味のない素直な美味しさを楽しめます。
ふぐは骨の周りが一番美味しいと言われています。身がぷりぷりとしてくると、食べ頃でしょう。
主役のふぐはあまり煮つめず、ほどけるような柔らかな口当たりと深い味わいをお楽しみください。
忘れちゃいけないふぐちり最高のシメ
鍋料理の王様ふぐちりは、コラーゲンたっぷりのプリプリの身、旨味が凝縮された味わい深いスープ等どれをとっても絶品です。
そしてふぐちりを食べた後の、最高のシメを忘れてはいけません。
それは、旨味が凝縮されたスープで作る雑炊です。
炊いたご飯は、さっと水で洗い澱粉のぬめりを落としておくと、さらっとした美味しい雑炊ができます。
味付けは少量の塩で、あとは好みでポン酢を加えて調整してください。
溶き卵を回し入れ、蓋をして蒸らすと出来上がりです。
小葱を散らすと彩りが加わり、おなかいっぱいでもまた食欲が沸いてきます。
この雑炊を食べるためにふぐちりをすると言っても過言ではないほどの、感動的な絶品のシメとなるでしょう。
ふぐの凝縮した旨味が全て味わえる最高のシメ雑炊を、忘れず堪能されますように。
「ふぐ雑炊」はふぐを骨の髄まで味わう旨味の真骨頂
鍋料理の王様「ふぐちり」を食べよう
鍋料理は、その美味しさと手軽さから、海のフォアグラたびたび食卓にあがる家庭料理としてお馴染みとなっています。
最近ではエアコン普及の影響から、1年を通じて鍋料理が食べられています。
またグルメ志向も高まり、様々なアレンジをされた面白い鍋も出てきています。
シンプルに水炊きでいただく鍋は、食材の美味しさをダイレクトに味わいたい時におすすめです。
ふぐという淡白な魚は、あっさりと水炊きにして、素材のもつ旨味をじっくりと味わうのに向いています。
ふぐの白身はあっさりとしていますが、シンプルな見た目からは想像できないほどの旨味を含み、他に類をみないこの味が不動の人気を誇っています。
濃い旨味をもつふぐに多くの味付けは必要なく、ちり鍋としていただくことが美食の極みと言えるかもしれません。
ふぐの旨味が溶け出したスープは、一緒に煮込む野菜たちを包み込み、全ての具材の美味しさを際立たせてくれます。
ふぐは、むさぼり食べるとその良さがわかりにくいかもしれません。
ふぐの香りを楽しみ、視覚や味覚だけでなく、身体の全て五感を刺激する味わいこそがふぐ料理の醍醐味であり、その神髄なのです。
上品でありながら旨味溢れるふぐの身と、美味しさが溶け出した絶品の出汁は、必ずあなたを心から満足させてくれることでしょう。
大切な人とひとつの鍋を囲んで、有意義な時間を過ごせることは何より幸せかもしれません。
家族が集う日、お祝いの席等、晴れの日にぴったりの鍋料理「ふぐちり」をぜひお召し上がりください。
ふぐ料理が魅せるシンプルかつ手厚い逸品の数々
[2017-9-19作成/2024-10-11更新]
(c)ふるさと産直村