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深海魚

パックリと開く巨大な口と鋭い歯、暗い色の体にゴムのような弾力のヌメヌメとした体表、イリシウムとよばれる竿に擬餌状体をぶら下げるあんこうの形状はインパクトがあり、見た者を惹き付けます。
「海の中の悪魔」と恐ろしいあだ名がつく深海魚のあんこうには、不思議な魅力があります。
あんこうの特徴として筆頭に挙がるのは、口の上に突き出た、釣り竿の様な突起でしょう。
泳ぎの下手なあんこうは、シンボルであるこの突起をうまく使い、餌をおびき寄せて食べています。
海底にジッと潜み、今か今かと獲物のほうから近づいて来るのを待つあんこうは、怠惰と思われがちですが、実はとても辛抱強い魚なのかもしれません。
強い個性を持つキャラクターですが、その身は食用魚の横綱級の地位を誇っています。
「捨てるところがほとんどない」と言われるほど全身美味しいあんこうは、滅多に姿のまま店頭に並ぶことはなく、実体を見たことがないという人が大半なのではないでしょうか。
なぜなら、巨大な体格で弾力があり、ヌメリのあるあんこうの解体は、吊るし切りという特殊な捌き方をされ、大抵はぶつ切りの状態で陳列されているからです。
しかし、あんこうの姿は誰もがイメージできる、ポピュラーな魚です。
知っていそうで知らない魚あんこうの名前の由来や、「鮟鱇(あんこう)」と表記する漢字の意味、あんこうを題材としたことわざなど、面白いウンチクを沢山紹介します。
また、たらの親戚にあたるあんこうの、その数300種類から絞られた食用あんこうの美味しさなど、見た目も生態もユニークな、特徴あるあんこうという魚について、三つの小話のページを開いてみましょう。

「あんこう」の由縁

「あんこう」の由縁

あんこうの多くは海水魚で、ほとんどの種類は深海に生息しています。
馴染みのない見た目のせいで、昔は売り物としてはあまり人気がなく、漁師さんが船の上で自分たちのまかないとして食していたと言われています。
世間の人々があんこうに隠された美味しさに気づくのは、江戸に入ってからでした。

ところで、恐ろしげな見た目とは裏腹に、あんこうの漢字は「鮟鱇」と穏やかな印象の字が当てられています。
なぜこのような表記となったのか興味が湧いてきませんか?

あんこうの呼び名と漢字の成り立ちは諸説ありますが、どれもあんこうの特徴を表現するにぴったりのものばかりです。
あんこうの特徴を知っていくと、自ずと理由が見えてきます。

「あんこう」の名前のルーツは?

「あんこう」という名前がついた諸説を紹介しましょう。
先ずは、見た目をルーツとした説です。
あんこうの体の色合いは赤茶色をしていることから「赤魚(あかを)」が転じたという説があります。
また、獲物を丸ごと飲み込めるほどの大きな口と発達した顎をもつことから「顎(あご)」が転じたという説もあります。

千葉県の方言でひきがえるのことを「アンゴウ」と呼ぶそうですが、ひきがえるに似た風貌の魚としてあんこうになったとも言われています。
あんこうは、英名で「フィッシングトード(釣りするひきがえる)」と呼ばれているので、千葉県の方言であるという説も頷けますね。

次に、動きをルーツとした説です。
魚であるのに泳ぎの苦手なあんこうは、「暗愚魚(あんぐうお)」とも呼ばれています。
「暗愚(あんぐ)」というのろまで愚か者を表す言葉で、あんぐうお→あんこうに転じたとの説があります。

また、仏教には「安居(あんご)」という修行があり、お坊様が決められた期間は外出せず一ヶ所にこもります。
獲物が近づいて来るまでジッと動かず待つあんこうの様子が「安居」と通じているとして、安居→あんこうになったなど、その由来は多岐に亘っています。

「鮟鱇」と「安康」

「鮟鱇」と「安康」、どちらも「あんこう」と読みます。
安康とは、平和で安らかなことを表す言葉で、安穏と同じ意味で用いられています。
あんこうの動きは緩慢で、のんびりゆったり生きている様が平和に見えるので「安康」の字が使われていました。

またあんこうは昔、奇妙な見た目から人気のある魚種ではなく、安く購入しやすい魚として安康となったとも言われ、由来は様々です。
時が流れ、魚偏(さかなへん)を付けて「鮟鱇」と表記されるようになったそうです。

中国より伝わった漢字の中に、なまずを表す「鰋」という漢字がありますが、鮟はこの鰋の誤字だと伝わっています。
「鮟」の字は、淡水魚の一種であるなまずを表しています。
「安」という漢字は、伏すという意味をもち、「お腹が平らで地につく魚」という意味もあるため、水底を這うようにして生息しているあんこうやなまずに用いられるようになったのでしょう。
確かにあんこうの姿は、なまずと重なる部分がありますね。

一方、「鱇」の漢字は中国から伝来したものではなく、日本が独自に作り上げた国字とされています。
意味を表す「魚」と音を表す「康」を組み合わせて作られた形声文字です。

言葉で見るあんこう

言葉で見るあんこう

ゆったりとした身動きや、獲物を丸飲みする大きな口をもつユニークな姿形のあんこうは、その特徴を捉えたいくつかのことわざを生み出しました。
ことわざを読み取ると、人々が持つあんこうという魚のイメージがハッキリと浮かび上がってくるでしょう。
あんこうがどのような比喩に使われているのか、あんこうにまつわる例えや言葉を見てみましょう。

あんこうにまつわる言葉

古くから伝わる言葉には、あんこうの特徴を表す「醜い見た目」と「ものぐささ」が揶揄されたものがあります。
あんこうは、疑似餌となる体の一部に獲物が寄るまで気長に待ち、近づいたところをパクリと飲み込む無精な生態が印象的です。
またボテッとした姿形や、お世辞でも綺麗と言えない顔を皮肉られるだけでなく、あんこうの美味しさや価値のわかる熟語も紹介します。

鮟鱇の待ち食い

あんこうは泳ぎが下手なため、自分で動いて餌を取りに行かず、口を開いて獲物自ら飛び込んで来るのをジッと待っています。
このことわざは、自ら働く努力をせず、ただひたすら受け身で機会が来るのを待ち、ご馳走にありつこうとする様子を例えたものです。

鮟鱇が粕に酔ったよう

大きな頭と口で不器量な顔のことを、嫌みたっぷりに「鮟鱇面」と呼びます。
その醜い姿の人が酒を飲んで酔っ払い、顔を赤くしている様をあざける言い回しがこのことわざです。

鮟鱇武者

大きな口をたたく割に、実は内心小心者で形ばかりの武士をこのように呼びます。
見かけ倒しで卑劣な武士を表現した言葉です。

あんこ型

お相撲さんの体型を表す言葉のひとつです。
あんこうのように弾力のある豊かなお腹で、前へ突き出た体型をあんこ型と呼んでいます。
あんこうが縮まって「あんこう」→「あんこ」となったとか。
肉付きがよく丸々とした体型をした力士のことで、相撲用語として用いられています。
伝統的に理想の力士体型と言われてきましたが、近年は素早さに欠けるあんこ型は、上位に上りづらいと言われています。

三鳥二魚

江戸時代の五大珍味を表した言葉です。
鶴、ひばり、ばん、の3種の鳥と、鯛、あんこう、の2種の魚は、皇室に献上されるほどの高級食材でした。

霜月鮟鱇絵に描いても舐めろ

1月に獲れるあんこうは、産卵前の栄養を蓄えた肝が肥大化しており、最も味がよくなる時期になります。
冬の代表的な味覚であるあんこうの美味しさが唄われています。

あんこうの種類を見てみよう

あんこうの種類を見てみよう

あんこうは北極海、太平洋、インド洋、大西洋、地中海に生息し、日本以外でも食用としている国があります。
あんこうは、たらの親戚にあたり、その数は幅広く見てみるとアンコウ目で16科300種類ほどと言われています。

日本で食用として漁獲されているのはたったの2種類のみで、一般的に「あんこう」と言うと食用として定着している「キアンコウ」と「クツアンコウ」の事を指します。
私たちに一番馴染みのあるキアンコウは、アンコウ目アンコウ亜目アンコウ科に属しています。
アンコウ科に属する25種類のほとんどは、水深200mより下の深海に生息しているあんこうです。

真っ暗な深海に住んでいるイメージをもつあんこうですが、アンコウ目の仲間は358種もあり、海だけでなく汽水・淡水域に生息している珍しい種もいます。
大きな頭が印象的なあんこうは、1m以上に成長する種類もあれば、10㎝に満たない手のひらに収まるほどの小さな種類も存在します。

日本で漁獲対象になっている2種類を紹介しつつ、世界に生息する変わったあんこうの種類をピックアップしてみました。
可愛いものから怖い顔の種類まで、珍しいあんこうの形態などを見てみましょう。

たったの2種類!食用のあんこう

世界に358種類もいるあんこうですが、食用として流通しているものはわずかで、日本で食用とされる国産あんこうは2種類になります。

人気食材であるあんこうは、国産のみならず、アメリカで食されているアメリカアンコウや、ヨーロッパで食されているニシアンコウなどが輸入されています。いずれも、アンコウ属に属している大型のあんこうです。
日本の市場で流通している食用あんこうの2種について、詳しく解説します。

キアンコウ(ホンアンコウ)

アンコウ目アンコウ科キアンコウ属で、学名はLophius litulon、外国名はAngler fish(釣りをする魚)、Yellow goosefish(黄色いあんこう)と呼ばれ、市場では「ホンアンコウ」の名前で親しまれています。
キアンコウ属は世界に8種存在が確認されており、日本にはその内1種のみ生息しています。

体表は茶褐色でヌメヌメとしており鱗はなく、お腹は白っぽく上から押しつぶしたような扁平な体形をしています。
水深25~560mくらいの砂底や砂泥底に生息し、素早く泳げない代わりに大きな胸ビレを使って、海底を這うようにして移動します。

体の横幅と同じほどに裂けた大きな口が特徴的で、上下に鋭い歯が並び、海底に潜んで上を泳ぐ魚たちを大きく開けた口でパクリと飲み込むため、口はやや上向きの受け口となっています。

泳ぎの得意でないあんこうは、自ら餌を捕らえに探し回る習性がありません。
口の上には「イリシウム」と呼ばれる細長い誘引突起があります。
イリシウムの先端に付いた「エスカ」と呼ばれるヒラヒラとした皮弁を餌のように動かして小魚を誘い出し、近づいたところを捕食します。

オスは50㎝ほどの体長となりますが、メスより短命なので食用として市場に出ることは少ないようです。
メスは1m~1.5mほどの体長となり、大型となるキアンコウはクツアンコウよりも味がよいと人気があります。

旬は秋から冬にかけてとされており、とくに12月~2月は春の産卵期を控えた時期のため、肝が肥大し卵のために栄養を蓄えているので、栄養価も食味もよくなります。
生息地域は、北海道から九州と幅広く、朝鮮半島、東シナ海、南シナ海などでも漁獲されます。
日本では北海道、青森、福島などでも水揚げされますが、漁場として有名なのは茨城と山口で、キアンコウ漁獲量トップは山口です。

アンコウ(クツアンコウ)

アンコウ目アンコウ科アンコウ属で、世界に1種のみ生息するアンコウ属です。
学名はLophiomus setigerus、外国名はBlackmouth angler(黒い口の釣り人)、Broadhead Goosefish(横に広い頭のあんこう)と呼ばれ、市場では「クツアンコウ」と名付けられています。

クツアンコウの体は砂泥底を這うのに適した縦扁形で、上から踏みつぶされたような形をしています。
体表は鱗のない黒褐色で、お腹はピンクがかった白色をしています。
顔面いっぱいに広がった大口を開けると、口内に白斑が複数あり、この斑点のあるなしでキアンコウと区別されています。

水深30m~510mほどの海底に棲み、砂底や砂泥底を好んで生息しています。
アンコウのオスはメスより成長速度が遅く小さいため、食用としての需要はメスになります。
メスは大きいもので70㎝ほどと言われており、40㎝くらいの大きさがポピュラーです。

生息海域は、北海道から九州、東シナ海、朝鮮半島、西太平洋、インド洋に分布しています。
キアンコウより生息海域は広いですが、キアンコウと比べて漁獲量は少ないと言われています。

変わったあんこうオンパレード

アンコウ目は5亜目18科72属に分類され、世界のあらゆる海洋に生息しています。
あんこうは深海で生活する種が多く、その生態は謎に包まれています。
深海魚と言えば、光の届かない暗い海の底で、水圧などの過酷な環境に耐えて生息するので、地上では見られない独自の進化をとげたものが多くいます。

また生きたままの姿を観察できることは非常に稀で、未だ人々の想像を掻き立てています。
現在発見されている中でも、変わった特徴をもつ興味深いあんこうを3種ほどピックアップして紹介します。

ミノアンコウ

日本近海の水深5~90mに生息しているあんこうです。成魚の姿はまだ1体しか採集されていないという、激レアな魚です。
成魚は体長15㎝ほどになり、暗灰色の背面と腹面に無数の長い突起を毛のように生やしています。
毛むくじゃらのボールが水中をゆらゆらと漂っている様に見える、かわいいあんこうです。
幼魚が観察されたのはまだ2件のみというとても珍しい種類です。
1983年、最初に発見された時には、ミノアンコウの幼魚だとわからなかったそうです。

ミツクリエナガチョウチンアンコウ

熱帯から寒帯までの広い範囲で、500~1250mの深海に生息しています。
オスはメスの皮膚に噛みつき寄生し、やがてメスの体の一部となり一生を過ごします。
体長30㎝ほどのメスに複数のオスが寄生し、一見、沢山の小さな出っ張りをもつ異様な姿となります。
オスは体長が1㎝を超える頃から、繁殖相手のメスに寄生する生活を始めます。
オスの成魚は7㎝ほどまでは成長しますが、時間と共にオスは眼や腸がなくなり、血管レベルで一体化してしまうのでまるでイボのような存在だとか。
安定した繁殖を行うために、同化する進化をとげたあんこうです。

チョウチンアンコウ

誘引突起の先端を提灯のように明るく光らせ、あんこうのイメージを代表する種です。
口上の鼻周辺から「イリシウム」と呼ばれる細長いアンテナのような突起を持っており、先っぽの膨らんだ「エスカ」と呼ばれる発光器官には、光を出すバクテリアが住んでいます。
水深200~800mの太平洋深海に生息しており、体長60㎝ほどに育ちます。
まん丸い体型で扁平しておらず、相撲の力士を指す「あんこ型」は、このあんこうから連想されたと思われます。

あんこうの生態は不思議がいっぱい

あんこうの生態は不思議がいっぱい

あんこうが生息する深海はとても過酷な環境で、そこで生き抜くための進化をとげて生きています。
例えば、餌となる生物が少ない水圧の高い環境で、泳いで餌を獲れないのであれば、逆に餌となる魚を誘き寄せる体を作りました。
また巡り会いの限られた広い海中で確実に生殖するための手段として、オスがメスに同化するなど、あんこうの生態には信じられないような不思議が詰まっています。

このように他の魚にはあまり見られない独特な特徴は、昔から人々の興味を引き、名前や異名、そしてことわざなどに反映されてきました。
黒くぬめったぶよぶよとした質感、鼻先に垂れた誘引突起、怪物のような面相と、あまりよい印象とは言い難いあんこうは、ことわざや熟語にマイナスな印象となる言葉で表されています。

しかし一方で、漢字では魚偏に「安」の字が当てられており、「安穏」や「安らか」といった風に、のんびり屋のあんこうを穏やかなイメージで捉えられていました。
江戸時代には献上品として五大珍味に挙げられるほど、味や栄養価が評価され人気があったこともわかりました。

広い世界には私たちの知らない珍しい種類のあんこうがたくさん存在していることを紹介しました。
謎の多い深海に生息するあんこうの姿は、強いインパクトとなり、ひと目で記憶に残る存在となっていることでしょう。
このように他の魚にはあまり見られない独特な特徴は、人々の興味を引き続けています。
今後の発見が、新たなことわざとして後世に残る可能性も、あるかもしれませんね。

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