緑茶についての雑学・豆知識

日本茶と同じ意味で使われる緑茶

とらふぐ生茶漬け

緑茶という言葉は、日本で生産されるほとんどのお茶の事を指す為、「日本茶」と同じ意味で使われています。
緑茶の中でも沢山の種類に分類されるお茶ですが、全て同じ「チャノキ」という常緑樹の葉や茎から作られており、その違いは栽培方法や摘採時期、また製造工程の違いで分類されています。
お茶の葉は、摘採した時点で酸化酵素の働きによって発酵が始まります。
その発酵を熱処理をする事で止め、乾燥させたものがいわゆる「緑茶」と呼ばれるものとなります。
そしてその緑茶の中でも煎茶、玉露、抹茶、てん茶、ほうじ茶、番茶など、じつに様々な種類の緑茶に分類されるのです。
特に煎茶は、普段の生活の中で最も多く飲まれている緑茶です。
生の茶葉を熱処理して、葉の形を整えて水分量を減らし、保存性を高めたものが煎茶と呼ばれますが、熱処理の際の蒸し時間を煎茶の倍にして作られたお茶を深蒸し煎茶と呼んでいます。
見た目は少し粉っぽくなりますが、味や色が濃く出て、青臭さや渋みも軽減されます。
このように、製造方法を少し変えることで、製品としてはまた違った物として市場に流通することになるのです。
他にも、高級茶として有名な玉露は、新芽が開き始める時期に、茶園をワラ等で20日間ほど覆い、日光を遮った状態で栽培します(被覆栽培)。
この茶葉を使って作られたのが、玉露となるわけです。
被覆栽培を行う期間が1週間程度の場合はかぶせ茶と呼ばれます。
中国でも様々な種類のお茶がありますが、日本のように発酵状態は同じで、製法や栽培方法が違うというのは日本茶ならではの特徴と言えるでしょう。
 

緑茶の歴史

日本人にはなくてはならないのが緑茶です。
私たちの生活の一部として愛されているこのお茶ですが、日本でどれくらいの歴史があるのでしょう。
また、緑茶というと日本のイメージがありますが、起源はどうなっているのでしょう。
もともと、お茶は中国から伝わったと考えられています。
中国で最初にお茶の記述があるのは紀元前2700年ごろ。
神農時代に神農は、お茶の葉や茎を食べていたと伝えられています。
紀元前1世紀の漢の時代にはお茶は売買されたり、飲まれていた記録があります。
日本でのお茶の始まりは、奈良・平安時代に、最澄や空海などの留学僧が唐よりお茶の種を持ち帰ったのが始まりだと言われています。
平安時代の日本書紀には嵯峨天皇がお茶を煎じたといった記述がありますが、そのころのお茶は貴族や武家階級のごく一部の人の間でたしなまれていたと思われます。
鎌倉時代には栄西が中国からお茶を持ち帰り、お茶に関しての本を書きます。
その栄西の書物が多大な影響を及ぼし、武士階級に茶寄合い、抹茶法などが広まります。
そして、15世紀後半から村田珠光、千利休などによって侘茶がなり、「茶道」として完成します。
お茶の栽培は、中国から栄西がお茶を持ち帰った時に栽培を始め、佐賀県脊振山に植えたのが始まりだと言われ、その後宇治茶の基礎がつくられ、全国に栽培が広がって行き、京都各地でもお茶の栽培がおこなわれるようになっています。
宇治田原郷の永谷宗円が宇治茶の良品を作り、伸煎茶の祖といわれます。
ちなみに玉露の製法を発見したのは山本嘉兵衛で1835年ごろから全国に宇治煎茶が広がって行きます。

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